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自作の小説等を置いていったり、読了した本の感想をほんの少し書いたりしていきます。
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三章、別れの言葉……其の三


 

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 次は、佐倉の家だった。あの日、誕生日会を開いた――のを夢見た、佐倉の家。両親が景楽町でかなり地位の高い人なので、家はそれに比例して大きい。洋風の綺麗なドアの前に立ち、インターホンを鳴らす。数秒の後に、母親のものらしき声が返ってきた。
「はい?」
「あの、すいません。叶田です。佐倉に会いに来たんですが……」
「まあ、……お入りになって」
 玄関の鍵は開いているらしい。僕はノブを回し、扉を開けて中へ入った。
 廊下を抜けると、全員が集まったあの居間が現れる。……だけど、そう。現実には、そんな会など無かったのだ。僕は頭を振る。
「いらっしゃい、叶田くん」
 奥の方から佐倉夫人がやって来た。奥は台所なのだろう。頭を下げられたので、僕も軽くお辞儀をした。
「……佐倉に会いに来たんですね。どうぞ、こちらです」
 居間の右へ行くと、六畳程の和室があった。そこの片隅に、仏壇があり、佐倉の写真が掛かっていた。
「あそこです」
「……はい」
 先程までと同じように、仏壇の前に座り、祈る。佐倉の安らかな旅立ちを、そっと祈る。そしてまた、先程までのように、夫人に向き直った。
「……佐倉に、最近何か変わった様子なんかはありましたか?」
 よくよく考えてみると、無遠慮な質問だ。僕が事件の当事者で、被害者でなければ、怒られていたかもしれない。今さらそう思った。
「そうですわね……。あの子とは、将来の事で色々と衝突しました。私達は、あの子にいい仕事に就いてもらいたかったのですが……。あの子にも、自分のやりたいことが、もう決まってしまっていたようで。それは、親としては嬉しい成長だったのですが、過酷な道でしたから……」
「と言うと……」
「あの子は、三ツ越さんの所のお嬢さんと、結婚させるつもりでしたの。そうすれば、将来はきっと明るい。……ですが、あの子は医者になりたいと言って聞きませんでした。吉川先生と仲が良くて。……そう、あの先生の助手の、谷あやめという看護婦さんとも。それに、結婚も自分で決めてするものだ、と……」
「…………」
 僕には、理解に苦しむ話だった。これが、お金持ちの家の話なのだろうか。結婚が親に決められたり、未来そのものまで親に決められたり。それも夫人は、さも当然のように話しているのだ。聞いていても、その口調だけでは、いかにとんでもないことを言っているのか分からないくらいに、平然と夫人は話している。
 だが、未来を決められるなんて、子供にとっては苦痛でしかない。反発するのこそ当然だったろう。だからこそ彼は、医者になりたいと強く思うようになっていったのではないか。そうやって医者になりたいと思ったからこそ、吉川先生や谷あやめさんと、仲良くなっていったのではないか……。
 それに、三ツ越と結婚だなんて。佐倉どころか、三ツ越の意志すら反映されていないのではないだろうか。……分からない。僕には、こういった家の事情は分かりそうになかった。
「……佐倉……」
 それでも彼は、自分の方が間違っていると、どこかで思っていたのだろうか。こういう所に生まれたからには、親の言うことの方が正しいと、どこかで思っていたのだろうか。
 ……もう何も語られることはない。僕は、皆に聞けなかったことがあまりにも多いことを、酷く後悔した。

 最後に来たのは、佐倉の家の隣にある、野島の家だった。僕の家からも見える位置にある。佐倉の家と比較すると小さく見えるが、これが景楽町でのごく一般的な家だった。
 インターホンを鳴らし、野島の親が出てくるのを待つ。一分くらいで野島夫人が出て来た。
「……叶田くん」
「……どうも。野島に挨拶しにきました」
「ありがとう、叶田くん。……入って」
 家に通され、仏壇に案内される。……野島の、……仏壇。
 もう、五人目だからだろうか。頭が痛む。見るのが辛い。……僕は……。
「……祈ってあげて。咲紀がずっと、笑ってられるように」
「……はい」
 野島の笑顔。……思い出すと、胸がぎゅうっと鷲掴みにされたように痛んだ。何故? 僕は、何故彼女の前だけでは、こんなにも苦しく、辛くなってしまうんだろう……?
 もう二度と見ることのできない、笑み。聞くことのできない、声。動かない。額縁の中の彼女は、灰色で、ただずっと、無機質な表情を浮かべている。
 喉の奥が、熱い。息が詰まる。……そして、涙が溢れる。
 ――そうか。
 僕は、……君のことが……。
「……野島に、何か最近、変わった事、ありましたか……?」
 夫人の方に、この顔で振り向くことは出来なかった。俯いたまま、僕は質問する。
「……咲紀は、ずっと変わりませんでした」
 夫人は、穏やかな声で、僕に告げた。
「叶田くんのこと、ずっと好きだったんですよ」
 ……どうして、今更なのだろう。何もかも。僕は、何も聞けなかった自分が、つくづく嫌になった。
 

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