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自作の小説等を置いていったり、読了した本の感想をほんの少し書いたりしていきます。
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三章、別れの言葉・・・其の一


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 夢に別れを告げ、
 友に別れを告げ、
 幸せに別れを告げる。
 全てを知る為に。
 

 久しぶりに、自室で朝を迎えた。昨日はよく眠れなかったが、目覚めは悪くない。僕はベッドから出て、カーテンを開けた。
 太陽の光に目が眩む。……いつもの朝だ。事件が起きる前と変わらない、いつもの。変わったのは、僕を取り巻く状況だけ。世界はひび割れることもなく、時を進め続けている。
 ……今日やるべきことは、挨拶だ。僕を残して逝ってしまった彼らへの。……早く着替えて、準備をしよう。そう思い、僕は部屋を出た。
 リビングでは、母さんが朝食の準備をしていた。これもまた、いつもの光景。
「おはよう、友彦」
「うん。おはよう、母さん」
 朝食の席へ着き、僕は肘を立て、手を顎に当てながら、考え込む。……あまりにも変わってしまった世界。その転換期。……それは、何故起きたのか。殺人は、何故。
 殺されたのは、僕の友達であり、そして凶器には、全員の指紋が付いていた。なら、犯人は少なくとも、この関係に何らかの関与がある人物、……更に言えば、この関係の、中にいる人物。でも、何故。やはり、動機が分からないのだ。
「だって、僕らは。楽しい毎日を、……」
 僕が知らない何かが、あったのだろうか。笑顔で過ごしてきた今までの中に、誰かが隠し持っていた影、悲嘆、狂気。それがあの日、爆発し、悲劇が起きた……。
 だとすれば、それは一体何なのだろう。誰にも打ち明ける事の出来なかった影。偽り。……分かるだろうか。皆がいなくなってしまった今であっても。……それを知ることができたのなら。全てが分かる、そんな気がする。
 朝食が運ばれてくる。母さんも席へ着き、合唱の後、僕は箸に手を伸ばした。

          *

 家を出て、僕がまず向かったのは、天地の家だった。遠くの家から訪ね、最後に一番近い野島の家を訪ねるつもりだ。……野島の家を訪ねるのが、何だかとても心苦しかった、というのもある。
 天地の家は、景楽町の家々の中でも、小さなものだった。外観から既に、この一家が恵まれていないことが分かる。傷んで開きにくそうな扉の前に、申し訳程度のインターホンがあったので、それを押してしばらく待った。
「……ああ、叶田くん。いらっしゃい。……光流のことで、来てくれたのかしら?」
 ガラガラと扉が開かれ、中から天地のお母さんが出てきた。普段から痩せ気味の体が、今は更に痩せ、おまけにやつれているように思えた。……見るのが、辛い。
「おはようございます。……まだ、何も言えてないので。会わせてもらえますか?」
「ええ、勿論よ」
 中へ招かれる。玄関に靴は二足しか無かった。一つは埃をかぶっている。……病気で入退院を繰り返している悟と、この家に帰ることの出来なかった、光流のものだ。夫人と僕が靴を脱いで、やっと玄関には靴が四足になる。
 入ってすぐの居間を抜け、和室へ。……そこに、ささやかな仏壇があった。蝋燭に火が灯り、隣の線香からは、細い煙が上っている。
「天地……」
 あの快活な笑顔は、もう無かった。黒縁の中の天地は、証明写真のような、口を真一文に結んだ顔だった。それ以外には、なかったのだろうか。あの笑顔を、もう一度見ることは、叶わないのか。……今、彼の骸は、この小さな箱の中に、閉じ込められて……。
「弟思いの、いい兄でした」
 夫人は、消え入りそうな声で言う。半ば、自分に言い聞かせるようだった。まだ、天地光流が死んだという事実を受け入れられず、それを自分で口にし、受け入れようと、受け入れなくてはならないと、切実に。
「……悟くんは」
「ここしばらくは、吉川医院に入院してます。……悟も、ショックを受けてました。……病気に、響かなければいいんですが。もう、一人だけの息子なんですから……」
 一人だけ。……その弟も病弱で、いつ危うくなるか分からない。……本当に、不幸な一家だった。あの事件から、こうして一人生き延びた僕が、何だか申し訳なく思えてくるほどに……。
「……どうぞ、光流に祈ってあげて下さい」
「……ええ」
 仏壇のそばに座布団があったので、その上に正座し、天地と向かい合う。
「……」
 祈った。その魂が、せめて安らかでいられるように。痛ましい事件の犠牲者となろうと、せめてその魂だけは。
 そしてまた、問いかけた。天地、お前は誰に、何故殺されたのかと。答えの返らぬ問いであることは、分かっていても。
「……天地は、最近何か変わったこととか言ってませんでしたか?」
 祈りが終わってから、僕は夫人のほうに向きなおり、そう聞いた。夫人は少しだけ悩む仕草をしてから、ふと思いついたように言った。
「……そういえば、言ってました。冗談だと思って真剣には受けとめていなかったんですが。……それが、悟のことについてだったんです」
「悟くんの?」
「ええ……。何でも、ひょっとしたら悟の病気を治せるかもしれない。保障はないけど……そんな風に言ってました」
 悟くんの病気を、治せる? それは、どういう意味でのことだろう? 吉川先生が、何か方法を見出したのか、或いは、大病院で診てもらえる当てが出来たというのか……。多分、このどちらかだろうが、どちらも可能性が低い。何故天地は突然、そんなことを言い始めたのだろうか……。
「……気になりますね。ありがとうございます、天地さん。……僕は、誰が光流くんを、皆を殺したのか、知りたいんです。……ですから、どんな情報でも、知りたい。これからも何か、思い出すことがあれば言って下さると嬉しいです」
「叶田くん……。……分かりました。何か思いつくことがあれば、電話しますね」
「……はい」
 もう一度、仏壇に祈り、黙礼してから、僕は天地家を後にした。
 

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――異色ミステリ。その日は幸せな一日だったのか。主人公、叶田友彦は、自らに問う。
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