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自作の小説等を置いていったり、読了した本の感想をほんの少し書いたりしていきます。
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三章、別れの言葉……其の二


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 次に向かったのは、波田の家。彼女と同じように、彼女の母親もまた、陽気な性格だった。だが、今はただ、無理をしているだけに見えた。たった一人の娘を失ったことが、とても辛いのに、無理をして明るく振る舞っているだけのように。
 僕はまた、家に上がらせてもらい、波田に線香を上げた。そして手を合わせ、祈る。
 ……どうか、天国へ逝ってしまったとしても。元気で明るいままで、いてくれ、と。
「……波田は、最近何か、言ってましたか?」
 僕は夫人に聞いてみる。
「……学校のこと、よく話して聞かせてくれたのよ。叶田くんのこともね。私の友達は、皆楽しい子ばっかりだって。……でも、あの子は自分から、皆のまとめ役なんかになってたみたいだけど。本当は、あの子にも悩みがあったんじゃないかしらね……」
「どういう、ことですか?」
 夫人は一瞬だけ視線を逸らしたが、言わずにいても仕方がない、と思ったのだろう、再び喋り始めた。
「……ここ最近、といっても一年前くらいからだったんだけど。あの子、珍しく何か考え込んでるみたいだったのよね。いつもみたいににこにこしてなくて。何悩んでるのって聞いたら、別にって言われたわ。それでも気になったから、もう少し聞いてみたらね。……皆私を頼るけど、私も頼りたい時があるのって、それだけ言ったのよ」
「そんなことが……」
 この話には驚いた。彼女はいつだって、明るく振る舞っていたからだ。そんな彼女に、悩みがあったなんて。……いや、あって当然か。そうだ。そうやって明るく振る舞ってる子ほど、心の内には悩みを抱え込んでいるものだろう。……彼女の場合も、そうだったのだ。明るく振る舞い、誰からも頼られる存在だった故に、自分の悩みの方は誰にも打ち明けられず、彼女を苦しめることになっていったのだ……。
 では、果たして彼女を苦しめていた悩みとは何だったのだろうか。彼女が誰にも語らずして逝ってしまったのだとすれば、それを知ることは不可能となってしまうが……。
「それ以上は、聞けてませんよね……?」
「ええ。……もう少し、聞いていたら良かったと、後悔してるのよ。……こんなことに、なるなんてね。本当、何が起きるか分からないものね……」
 隠しているということは無いだろう。夫人もまた、知りたかったのだ。波田が一体、どんな悩みを持ち、苦しんでいたのか。母親である自分なら、もしかすれば解決出来たのではないかと……。
「……ありがとうございました。では、僕はこれで」
「こちらこそ、ありがとう。きっと、歩実も喜んでるわ。あの子、叶田くんのこと、好きだっただろうから……」
 その一言が、胸にちくりと突き刺さったようで、心苦しかった。

 三軒目は、三ツ越の家。この家は、景楽町の端にあるにしては大きな家だった。気兼ねなく過ごせる筈だ。家はこんなに大きいのだから。三階建てで、他の家の二倍くらいの面積があった。……こんな大きい家に、夫婦二人。もう子供は、いなくなってしまったのだ。……空虚な感じがした。
 インターホンを押す。中から音が聞こえた。……だが、しばらく待ってみても、誰も出てこない。インターホンから声も返って来なかった。……出かけているのだろうか。有名企業に勤めているのだから、日中は忙しいかもしれない。もう一度鳴らしても返事が無かったので、三ツ越の家は後日回ることにした。

 茂木の家。ここは、三ツ越の家以上に寂しい雰囲気が漂っていた。無理もない。彼の家から出て来たのは、父親一人だったからだ。
「……叶田、くんか。どうぞ、お入り」
「……はい」
 家の中へ上がってみたが、どうにも女性がいるという感じがしない。……間違いない。茂木の母親が、ここに住んでいないのだ。
「……気付いたみたいだね。叶田くん」
「え、……は、はい……」
「実はね。……うちの家内は、三年前に死んじまったんだ。不慮の事故でね」
「死……?」
 その言葉に、衝撃を受けた。……茂木は一言も、そんなことを言ってはいなかったのだ。彼が学校を休んだことなど滅多にないし、忌引をとったことも無かったのに。それが、三年前に母親が死んでいたなんて……。
「家内は、不治の病と宣告されていたんだ。症状を抑えるのが精一杯。それでも何とか寿命は延ばせるから、治療は続けよう、とね。吉川さんが、ずっと治療を続けてくれていた。そう、三年前までは」
「…………」
 三年前。中学二年生の時か。そう言えば、あの頃から彼は、時折思いつめた表情で何か考え込んでいるように見えることが、度々あったような気がする。それが、不慮の事故というのに関わっているのだろうか。
「……三年前の、夕暮れ時だった。この町に流れている川、美鳥川。そこで、家内の遺体が発見された。……足を滑らせて転落。警察はそう判断して、不慮の事故という形で捜査を終了した……」
 そんな事件が、あっただろうか? ……あったような気もする。しかし、実名が出されていなかった為、茂木の母親だとは思わなかったのだ。……きっと、茂木は次の日、体調不良という形で、休んでいたのだろう。母の死を隠そうと、皆に心配をかけないでおこうと思って……。
「あの子は強かったよ。母親がいなくなっても、いつも通りの生活を決して変えなかった。だから、誰にも気付かれなかったんだ。母親が事故で亡くなったことがね。……でも、隠そうとした訳は、もう一つ別にあるんだよ」
「……別に、ですか?」
 そう聞くと、茂木の父は、眉をハの字に曲げ、悲しそうな表情を浮かべた。
「……もしかしたら、家内は自殺したんじゃないかとね。不治の病に絶望し、治療費だけを浪費していく自分にも絶望して。……だから、嫌だったんだろう。そんな形で母親が死んだと、思われたくなかったんだろうと俺は思ってる」
「……茂木が……」
 あまりに辛い話だった。まさか、彼の家庭内に、こんな混沌としたものが、渦巻いていただなんて。それを彼はずっと、耐え抜いてきただなんて。
 そうか。あの日の刑事――神田さんが茂木と知り合いだったのは、この為だったのか。……全てが分かると、その悲しさに、思わず目から涙が零れ落ちてきて、慌てて拭った。
 情報交換をしている。……果たして母の死が、事故だったのか、自殺だったのか。彼は、苦しんでいたのだ。母の最期が、果たしてどのようなものだったのかについて……。
「……茂木に、……会わせて下さい」
 茂木の父は、無言で一つ頷くと、仏壇へ案内してくれた。僕はゆっくりとその前に座り、手を合わせる。
 ……今まで知らずにいて、ごめんな。……母親に、真実を聞けると、いいな。
 そしてどうか、もう悩まずに、安らかに……。
 僕は、切に祈った。
 

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