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恐慌状態が収まって。
医院内での悪事を認めた吉川は、静かに語り始める。
「そう。最初は、ほんの出来心だった。……ある日、具合が悪いと訪ねてきた老人がいた。私は、すぐに診察をして、その人が過労により弱っていることを知った」
その人の頬はこけ、栄養もあまり足りていないようだったという。
「その人に、私は少し長めの入院を勧めた。その人は素直に従った。そうして入院生活は過ぎ、その人はすこぶる良くなったんだ」
そしてその時、吉川は思い至ったという。
「感謝された。それがきっかけだった。……その時、私に悪魔が憑いたようだった。私はこう言ったんだ。その先を、全て予想した上でね。……様子を見る為に、もう少しいてはどうです?」
吉川に感謝の念を抱いていたその人は、それにも当然、素直に従った。そして、吉川は、その分の医療費を、……。
「味をしめたとは全くその通りさ。私はそれから、何度も同じことを行うようになった。いや、それ以上だ。不審がられないぎりぎりのところまで、入院を長引かせるんだ。様子を見ましょう、とね。……ああ、そうだ。悪魔だよ。……どうして私は、あの日、そんなことを言ったんだろう。どうして私は、それ以降、この行為を止めることが出来なかったんだろう……」
それほどまでに、その誘惑は強かったのだろう。彼は、その誘惑に負けたのだ。……金。あまりにも汚れた、動機だった。
「……優しかった、先生なのに……」
「……すまない、……本当にすまない、叶田くん……神田……」
「……それはこれから、町の皆に言うんだな」
「……すまない……」
吉川は、がっくりと項垂れたまま、両手の指を絡めていた。それを悩ましげに凝視し続けている。……僕らの目を、見ることが出来ないのだろう。
「……茂木の母親にも、同様のことをしたな?」
「……した。……まさか、自殺、するなんて……」
「……そうか」
神田は、その答えに一応は満足したのだろう。肩を落として、小さく息を吐いた。虚空を見つめ、何かを思い出しているようだった。
「……悟くんには」
僕が聞く。
「……もう、しない。お金の問題は色々あるだろう。だけど、あの子はもっと大きな病院で診てもらわなくては駄目だ……」
「やっぱり……」
なら、悟くんの病は、ここでは治る見込みがなかったということ。天地はそれを知っていた。そして、金が必要なことを知っていた……。
つまり、……つまり。
「……吉川さん。僕は、貴方一人が全てを行ったとは考えていません。何故なら、貴方は当然のように事件があった当日、講義を行っていたからです。そう、そう考えるなら、貴方は殺人事件に関しては実行犯ではない。とすれば、貴方は共犯の側に回ったことになる……」
「…………」
沈黙を、僕は肯定とみなした。もう彼に、嘘をつくような気力は残っていないに違いない。だから、真実を探り当てるには今しかなかった。深い悲しみ、後悔に暮れているとて、そこで手を緩めてやるわけにはいかないのだ。
だから、僕は聞いた。あの悲しき殺人事件の、真実について。
「あの殺人事件の実行犯は……、天地光流なんですか?」
天地。金が必要だった天地。悟くんの病状について知っていた天地。一人だけ、いつも走り、逃げていた天地……。彼がこの事件の、実行犯なのだろうか。
……僕には少しの迷いがあった。そう、彼に三ツ越が殺せるのかということだ。あの日僕は、波田の母親に聞いた。愛する人を、自らの手で殺せるのだろうかと。夫人は言った。そういう心を持った者は、どんなことがあっても、その人を殺すことなんて、出来やしない……。
だが、そこには一つの間隙があった。愛する人を、死なせてしまうことになる選択肢が。
……それが、不慮の事故だ。
「天地は、金の為に三ツ越を説得しようとしていた。それが功を奏さなかった。そこで彼は、強硬手段に出た。……脅迫です。彼は三ツ越を追い詰めていった。それでも彼女は拒んでいた。そしてあの日、遂に天地は、……仲間を殺すことによって、最大限の苦しみを、三ツ越に与えようとした……」
彼女を殺す気はなかった。しかし、絶対に金が必要だった。天地は悩んだ挙句、暴挙に出たのだ。仲間を殺すという、残虐な行為で……。
三ツ越は、それによって金を渡すことを承諾するどころか、尚も頑固に拒み続けた。それに、きっと警察に話しに行こうとしたのだろう。極めて当然のことだ。金の為に仲間を殺すなど、狂っている……。
しかし天地は、三ツ越を逃がさなかった。あの十字路で、しつこく詰め寄ったのだ。メスを突き付け、金をくれ、と。……三ツ越はその状態でも、必死に抵抗した。逃げて、警察に助けを求めようとした。……そして、その瞬間。
「天地は誤って、三ツ越を殺してしまった……」
むしろ、三ツ越が暴れた為、自らメスに突っ込むような形になったのかどうか、それは分からないが。それにより三ツ越は死に、それを僕が発見してしまった。
それから天地は、愛する人を自ら手にかけてしまったという、こちらも最大限の苦しみを感じ、狂ってしまったのだろう……。
後は、事実の通り……。
「殆どが僕の想像です。でも、そう考えれば大体のことに説明がつく。まだ分からないことも多いけれど、それでも……」
「……」
「……吉川先生。どうか、答えて下さい」
それで、この事件の幕が、下りるのだから。
僕の仲間達が残酷に殺されていったこの事件の全てに、幕が。
「…………」
そして、先生が、ゆっくりと、答えた。
「…………叶田くん、それは、違う」
*
…………違う。
僕の、用意した答え。
否定。
では……?
「………!?」
その時、突然激しい頭痛に襲われた。
そして言葉が、風景が、記憶が、少しずつ、やがて急速に、戻ってくる。抜けていったものが、再び詰め込まれる感覚。目を閉じても、様々な景色が、顔が、惨状が。……頭の中に、現れては消える。
――叶田くん。
――言いそびれてたけど――。
――誕生日…………。
「…………」
「…………そうか……」
吉川医院。
野島咲妃。
そして、……天地光流。
そうだったのだ。全ては。
全ては、彼から始まったことだったのだ。
「…………この事件の、本当の犯人は……」
その姿が、顔が。鮮明に、浮かび上がってくる。
彼の、最期の表情が。
そして、再び世界が割れた。
Memory Modification
――異色ミステリ。その日は幸せな一日だったのか。主人公、叶田友彦は、自らに問う。
双極の匣
現在執筆中。四部編成の長編ミステリ。平和だと信じて疑わなかった村の、秘められた闇とは。
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