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二十分くらいはそうしていただろうか。佐倉がゴールを決めた所で、
「きりがいいから、この辺で終わろう。同点だな」
と茂木が言った。
形式的な挨拶をするために六人全員が集合して、
「ありがとうございました」
と合唱する。それを言い終わると、急に三ツ越は、そわそわしながら、
「あの……」
と聞きかけた。
「どうしたの?」
「いや、波田さんはどこに……」
そうだ。彼女が心配になるのも仕方なかった。結局サッカーが終わるまで、波田は戻ってはこなかったのだ。あの子が何も告げず、急に帰ってしまうことはちょっと想像できない。何かあったと思わずにはいられないのだ。頭の片隅に追いやっていたとしても。
「……どうしよう、佐倉」
「そう、だな……。心配なままで遊べないし、ちょっと探しに行くか? 波田の家とかに……」
「そうしましょうよ。今は大人の人、殆ど出払ってるけど、何かなかったとは言い切れないし」
「同感だ。ひとっ走りして探してみよう」
全員の意見が肯定的だったので、僕らはこれでサッカーを止めて、波田を探しに行くことにした。ただ、遊ぶのを止めたわけではなかった。この事態も遊びに変えてしまったのだ。
「じゃ、波田を見つけた奴が勝ちってことで」
佐倉のその一言で、捜索が一転、かくれんぼのようになってしまった。
*
……よく外で遊ぶといっても、息は苦しくなってしまうものだ。僕は、川沿いの道をずっと走り続けていた。
波田を探すために、皆がそれぞれ思い思いの方向へ散って行った。僕は、一旦自宅の方向へ走ってみたものの、すぐに行き止まりとなっていて、やはり誰もいなかったので、戻ってきたのだ。波田の家は川の対面にあったが、誰も僕を呼びに来ないということは、見つからなかったということに違いなかった。さっき茂木とすれ違った時、彼も不安げな表情をしていたのだからおそらく間違いない。
始めは首をかしげる程度のことだったが、今はこの状況が、相当深刻な事態へ発展しているような気がしていた。
……そして、僕はへとへとになりながら、十字路の前までやってきていた。
「……?」
そこに、人影が見えた。
「……あれは……」
十字路の先に、少年が立っていた。その少年の足元には、倒れている人影があった。どうやら少女のようだ。スカートを穿いているので分かる。
倒れているのは、どうやら三ツ越のようだった。そして、それを見下ろす者は……。
「お、お前……天地!」
僕は叫んだ。天地は、僕の声に気付くと、短い悲鳴を上げて、尻餅をついた。
「お、俺……、あ、……」
天地は、自分が握っているメスに視線を落とす。それはきっと、今まさに彼が三ツ越を刺したということを物語るものに違いなかった。
「お前がやったのか!?」
僕は天地の元へ駆けていく。天地は、震える足で何とか立ち上がって、逃げ始めた。こういう時には、人間というものは俊足になれるらしい。しばらく追いかけたのだが、僕は彼に、到底追いつくことができなかった。
追いかけることを諦めた僕は、大切なことに気付いて来た道を引き返した。そうだ、三ツ越を救わなければならない。まだ息があるなら、すぐに警察と消防署に連絡して、パトカーと救急車を呼ばなければ。すぐさま彼女の元へと駆け戻った僕は、脈を確認しようと彼女の傍に座りこんだ。
息は無い。……そして、脈も無かった。絶望的だった。彼女はもう、助からないだろう。直感的にそう思った僕は、ぼろぼろと涙を零した。何故、天地が。何故、三ツ越を……。
「お前、三ツ越が好きじゃあ無かったのかよ……!」
天地が三ツ越に対して好意を抱いていることは、その言動からわずかに伺い知ることが出来た。僕にもそれが分かったのだから、皆少なからず知っていた筈だ。……その天地が、どうして三ツ越を、殺してしまったというのか……。
三ツ越の死体から目を背けると、そこには光るものが落ちていた。何だろうと思い、近づいてみると、それはメスだということが分かった。これが凶器に違いない。その先端が、赤い血に染まっているから。
「でも、これは吉川医院の……?」
何が起きているのか全く飲み込めず、僕はメスを握ったまま、ゆっくりと立ち上がった。そして、そのまましばらくの間、呆然と立ち尽くしていた。……メスと三ツ越に、交互に視線を落としながら。
今起きている事態を何とか理解しようと、頭の中で必死に考え込んでいた。
――その時。
「叶田くん……!」
僕はその声に驚き、振り返った。そこには、野島と茂木がいた。顔は酷く怯え、それでも怒りのようなものが垣間見える。僕に対してのものに違いなかった。
――まずい……!
今、僕の手には、メスがある。この状況では、僕が疑われるのは自明のことだ。どうすればいい、どうすれば、この状況を打開できる? 僕は突然の事態に混乱してしまった。
「お前……」
茂木が、手をぐっと握りこんで、震わせながら、僕に詰め寄る。
「……僕、は……」
僕は、やってない――。
言葉にならなかった。そうだ。言葉にしたところで、証明するものは何もない。
なら、天地を捕まえればいいじゃないか。それなら、彼の口から全てを話してもらえる……。
そう思い、僕はメスを放り出して、森の方へと走り出した。天地が向かったのも森の方向だ。まだ出てきてはいないだろうから、捕まえることは不可能ではない。
「待て、叶田ぁ!!」
茂木の叫びを背に受け、罪悪感に苛まれつつも、僕は足を決して止めなかった。
自らの無実、そして真実をこの手で掴む為にも……。
*
天地は森の方へ逃げたようだった。僕はもう、何が何だか分からなくなりながらも、必死に走り続けた。既に肺は悲鳴を上げていたが、それを全く聞き入れないほどに、僕の心の方が甲高い悲鳴を上げていた。
――張り裂けそうだ。
三ツ越の死。見間違えることなんてあろうか。あれ程までに直接的な死を。……血塗れのメスに、血塗れの三ツ越。その死に装束に染まった彼女は、しかし対照的に安らかな表情で目を瞑り……。
「……ッ」
涙が溢れてくる。それを止める術はなかった。この足も、止まることはなかった。僕は半ば無意識に泣き、走り続けているようにも思えた。全てが消え、無かったことになればいい。そう、本気で思っていた。
三ツ越が、死んだ。波田が、消えた。……どうなっているんだ、今日は。
今日という日に限って。この……僕の誕生日という、幸せな日に限って……。
木の枝に服を引っ掛け、薄皮を切りながらも、僕は狂ったように走り続けた。
そして……。
「……何、これ……」
僕はまたしても、異常な、まるで非現実的なものを発見したのだった。
それは、僕を絶望させるには、十分すぎるもの。
……天地の、死体だった。
「おい、天地……」
信じられなかった。さっきまで十字路で、メスを握り、怯えながら僕と相対していた彼が。今この森の中で、たった十分かそこらで、物言わぬ骸に成り果てているだなんて……。
どうして、今日という日が、こんな残酷で悲惨な日に変わってしまったのか。僕にはまるで理解できなかった。いったい誰が、こんなことを仕出かしたんだ。それを知ることは、僕には到底出来ないように思えた。
今ここにある、彼の死体を見た後では。
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現在執筆中。四部編成の長編ミステリ。平和だと信じて疑わなかった村の、秘められた闇とは。
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