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自作の小説等を置いていったり、読了した本の感想をほんの少し書いたりしていきます。
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#8.Elegy_雪_2


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「先生、犯人は……」
 雪が慌てて指をさす。しかしその先に、犯人はいない。
「…いけない、…見失った…」
 関先生は突然走り出す。木底の靴はこういう時には邪魔になった。急いで走る程音は鳴り、走りづらくもある。…バレてはいけないと思ったのだろうか、先生は少しだけ走ったが、やがて止まった。
「…だめ、ね…」
 零音との別れを惜しんだ為か、時間も消費して、注意力も薄れた。…ある意味、仕方のない結果だ。
「…二人なら、また安心だわ。…零音くんが犯人と鉢合わせする前に、なんとか、見つけなきゃね…」
 先生はそう言うと、次は早歩きで歩き始める。雪も戸惑ったが、それに付いていく。…零音が一人で犯人と戦うことになるのは絶対にだめだ。そう思って。
「ごめんね…」
 私は力になれないな。そんな悔しさが、雪の口から零れた。

 白いマントが見えた。その男は弱弱しく歩き続けていた。…赤い髪。どこかで、見たような顔だった。…髪のせいで、印象が変わっているが…。
「…落ち着けよ、俺…。頑張らなきゃ、いけないんだ…」
 最後に見た雪の笑顔を思い出し、自分を奮い立たせる。重い足を動かして、犯人の行く手を阻まなければいけない。犯人を、止めなければいけない。
 そして犯人の目の前に零音は歩む。銃を構えたまま。
「……? どうして、構えないんだよ…」
 零音が銃を向けても、犯人は銃を向けては来なかった。戦意がない? 何故だろうか。彼らは残された人々の為、自分らを犠牲にしてもこの事件を成し遂げたいのではなかったのか。
「…君か」
その声を聞いた時、…零音は、気付く。
「……、え、……あんた」
 紐解かれる。このシェルターの悪意が、その片鱗が、零音に届く。

 「…ご…めん……」
一言だけ、消え入るような声が聞こえる。それは、彼の口から発せられた、…最後の、懺悔の言葉…。

二年前に見つけ、記憶と共に封印しようと、机の引き出しの奥にいれたその手紙が、今は何かを教えてくれる気がする。そう、そこには、確かに優磨の涙の訴えが記されていたのだ。

 このシェルターには、沢山の悪意が渦巻いていた。俺もそれに巻き込まれてしまっていた。いや、俺が生まれる前から、決まっていたことなのかもしれないけど。
 零音、もし手紙を読んでくれたなら。君は、皆は、…生き続けてほしいと願ってる。俺は止められなかったけど、君達は生きていられるはずだ。きっと。

 優磨の遺した言葉。彼が止められなかった計画。悪意。それはつまり、こういう、こと……。
「……私は、ボレアスだ」
 男は、力なく呟く。しかしそれは、呼び名でしかない。
「違う。……あんたは、平山さんだろ」
 男が、驚きの眼差しで零音を見た。…気付かないと思ったのだろうか。…確かに、外見はかなり変わってはいるが。
「なんでだよ……なんであんたたちが、こんなことしてるんだよ…。きっとエウロスも、優磨の母さんなんだろ…。なんで、…こんな事件を…っ」
 優磨は、この事件が計画され、それを止めることができなかったから死んだのだ。なぜ、その気持ちが分からず、両親は、こんな所まてきてしまったのか…。
「…止められる計画じゃ、なかった…。芹沢くん。君に分かるか? 日本全土の犯罪者シェルターの人を、殺す…そんな計画。そして私達も当時は、…シェルター内のことを知らない、そして計画の全容を知らない残された人々。…生活を保障すると言われ、子供も助かると言われ、…未来へ望みを繋ぐために、潜入犯としてここへやってきた。…それが、こんな結末になってしまうなんて…」
 優磨が反対しても、計画が進むのは止められなかった。既に実行犯、潜入犯が出来上がり、ボレアスとエウロス…いや、平山夫妻は、このシェルーに潜入した、残された人々だったのだ。
「……そんな、昔から、こんな馬鹿な計画が進んでたってのか……。平山さんがきたの、…九年前だろ…。その時から、…このシェルターの人間は消される運命だったってことかよ…」
 あまりのことに、信じることができなかった。これは、綿密に計画されていた大量殺人で、…それは九年以上も前から約束されていた結末…。
「…ああ。それを優磨は知り、…私達が死ぬ運命だとも知り、…止めるために、優磨は人を殺した」
「…え?」
 優磨が人を殺した…その言葉を、理解できなかった。一体だれを殺したというのだろうか…。
「…分かるだろう? 実行犯は、シェルター内の人と面識がない方がためらいなく実行できる。…いや、彼だけは違ったな…まあ、それはいい…。…しかし、その実行犯の…つまり、前のボレアスとエウロスを、…優磨は、殺したんだ」
 平山は、その時のことを悪夢の様に話した。顔は強張り、どんな悲惨な事だったのかがわかる…。
 東が舞宮を撃った時と同じように、酷い事になったであろうことが、零音には分かった…。血塗れの優磨、倒れている無惨な死体二つ…。
「だから私達が、ボレアスとエウロスになった。…そしてここに住んでいたという記録を消すことになった」
 しかし、エウロスは死んだ。優磨も、死んだ。…だからこそ彼は、平山は、…今こうして、生きる意味をなくして、ただ意味もなく歩き続けていたのだ。
「…もう、私には分からない。やり直せるなら、やり直したい。幸せなんて、無かったんだ。……こんな結末、望んじゃいなかったんだ……」
 彼は懺悔する。幸せとは、人の不幸と悲しみの上にあるのではない。…幸せになる為に、人を不幸にしてはいけないのだ。それは幸せではない、優越だ。…そしてずっと、悪夢に苛まれるようになるのだ。
「…平山、さん……」
 それは、当然の苦しみなのだ。他の人を悲しみで満たし、死で狂わせ、…その代償。けれど、零音は思う。……彼らも、悲しい物語の…被害者なのかもしれない…。
「……全部、終わらせよう。平山さん。…もう、終わりにしようぜ。この事件は、これ以上続いちゃいけない。…幸せになる人が、いると思うか? いるだろうさ。でも、それは俺達の、何の関係もない…。もう俺達に、幸せはないじゃないか…」
 零音は、近づく。そして、平山の肩を叩く。……それが合図だったかのように、平山は、涙を流した。
 だから、零音は、優しく平山を諭す…。これで事件は終わりにしよう。これで、全て…。
 その時、…あり得ない光景を、見る…。
「あ、……あッ…」
 平山の側頭部を、高速で、貫く、…その軌跡が、見えた…。
 一瞬。その瞬間に、瓜が割れたかのように、血を噴き出す、平山…。
「平山さんッ!!」
 撃たれた。そう理解するのにも時間がかかった。今傍であんなに悲しい話をして、それを諭して涙して、…彼らにも救いが、できたと思った、その矢先に…!
「ちくしょおおおおおッ!」
 ノトスだ。残るはノトスしかいない。彼もまた、今は思い人を殺された悲しい被害者なのかもしれない。しかし、今のこの光景が、零音に怒りをたぎらせる…。
「…もう、やめてくれよ…! もういいじゃねぇかよ、こんな殺し合い! 悲しいんだろ、憎いんだろ…? ならノトス、お前も同じなんだぜ…? なんで、止まってくれないんだよ…」
 平山は、涙を流し、…微笑んで、死んでいる。…死が、救いだったとでもいうのだろうか。いや、断じてそんなことはない、そんなこと、思ってほしくない…!
「…後一人。ノトス、…お前を止める…」
 零音は歩きだす。…ゆっくりと、銃弾の放たれた方へ。撃たれるかもしれないという恐怖は、…不思議と無かった。感じなかったのかもしれない。
 そして零音は、…忘れていた。……だから、…それを聞いて、思い出す…。
 もう一発の、銃声を聞いて…。
「なッ!?」
 誰の銃声だと言うのか、ノトスならサイレンサーはつけている…! なら一体誰が、そうなればもう、思い浮かぶのは二人しかいない、そして彼女らは二人で行動しているはず…!
 零音は、走る方向を変えた。銃声のした方へ。彼女らに何かあったことだけは、間違いない…!
 最悪の光景だけが、目に浮かぶ。…いや、目に浮かぶのではなかった。
 それは…そこにあったから。
 目に映った…。そう言った方が、正しかった。
「ゆ……き」
 その時間を、誰も与えてはくれなかった。…それを受け入れるまでの心の準備を、…与えてはくれなかった。
 なんで、こんなことになっているのか。それは、理解できなかった。しかし、彼女達が、……どうなってしまったのかは、理解できた…。
「雪…先生…おい…どう、したんだよ」
 歪んだ笑顔になる。笑わなきゃ、この光景を受け入れられなくて。…思考が止まる。理解、したくない。
「なんで、…そんな、血が…出てんだよ…」
二人から、血が、流れ出る。…雪は、…仰向けで、胸を撃ち抜かれていて。…先生は、うつ伏せで、…きっと、腹を撃たれていて……。貫通はしていないようで、傷は見えなかったが、…赤い、血が、…、流れていた…。
「嘘だよな、嘘、そう、……これは、…悪い、嘘…」
 嘘では、ない。なぜなら、薬莢が、傍に落ちていたから。
 雪が発砲したのだろう、雪の傍に、それは落ちていた。
「…うぅ、…うぅぁ…あああ……!」
 もう二度と話せない。それこそ、悪い冗談だ。これからも、雪と話をして、笑いあって、そんな風に、…やり直せればいい、そう、思っていた。
 まだ自分には、支えてくれる人がいる。そう、思っていたのに…。
「雪……、せん、せぇ…」
二人とも、呆気なく、信じられないくらいに、…少しの間に、死んで、しまって…。
手を離したのは、ほんの十五分程前なのに。その手をまた、握ることが、叶わなくて。
 彼女の手は、もう冷たくなっていて。…関先生の手も、…触らなくても、きっと、同じで…
「俺は何で、手を、離したんだ……ッ! あの時、…傍に、いてやれば、こんな作戦危ないって言って、やめておけば…こんなことには、ならなかったかも知れないのに……!」
 後悔は、先には立たない。それは、平山夫妻にとってもそうだっただろう。あの日あの時、そうしておけば。…そんな、後悔。…零音は、その手を、…もう一度握ってあげられなかったことを、…心から、謝る…。
「ごめん、…帰って…あげられなかった…。助けて、…あげられなかった……ッ」
 一人ぼっちになった。ふいに冷たい、と感じた。…それは、この世界が急に冷え切ってしまったからなのだろう。零音の心から、温もりが消える。…それはつまり、……生き残りたいという、思いさえ、希望さえ、消えてしまったということ……。誰とも手をとって外へ出ることはできないだろう。きっと朝霧も、死んでいるだろう。それならもう、何も希望なんてないじゃないか。幸せなんてないじゃないか。
 …さっき、だめだと思ったのに、…心のどこかで、思ってしまう。
 死んだ方が、…死ねた方が幸せなのかも、しれない…。
「…一人だよ、雪ぃ……。俺、一人ぼっちなんだよ…置いてくなよ、…こんなとこに、…先生、皆ぁ……」
 どれほど名前を呼んでも、皆皆、もう、死んでいるのだ。…彼らが再び笑いかけてくることなど、もう、ないのだ…。
 その体が動いた気がした。しかしそれは、気のせい。…涙が、溢れて来て、止まらない…視界を奪っていく…ただ、それだけ…。
 視界が涙で埋まった時、零音は耐えきれず目を閉じる。幸せな過去が浮かんでは消え、目を開ければそこには雪と先生の無惨な姿がある。……気が狂いそうになった。いや、ともすれば、…もう零音は、おかしくなっているのかもしれない。
 零音は、ふらふらと歩き始める。それはまるで、死に場所を求めるかのよう。殺すなら、殺してほしい。奇しくも零音は、平山と同じ思いに駆られてしまった。
 そして、ただ歩く。
 早く楽になれることを願って…。
 

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