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「…え?」
東が、希望の色を見せる。もしかしたらそこに両親は囚われているのではないかと、思っているのだろうか…。
それはすぐに、打ち砕かれる。
「…東君の部屋で、……死んでたわ」
死んでた。
「死ん…で………?」
ほんの少しだけ浮かべていた、希望の色が、あせる。消える。
ゆっくりと、銃を下ろして、東は膝をがっくりとつく。そして手までも床について、…声もあげずに爪を立てる…。
「なにやってんの。親が死んでたからって、あんたまで死にたくないでしょう? さあ、早く立って、撃ちなさい。さあ!」
ゼピュロスが、頭に銃を乱暴に突きつける。それが何回も当たって、ごつごつと音を立てた。しかし、東はそれをまったく感じていないかのように、動かなかった。
「…んで」
東の口から、こぼれる。
「なら、なんで…、俺は…っ」
それは、後悔。
「殺したのッ…!! 大切な、…仲間をッ…!!」
立ち上がる。振り返る。東は、今立ち向かうべき敵を見据える。そして恐怖も何も消え、ただそうしなければいけないという心が、彼を動かす。
一瞬だった。ゼピュロスすら、反応が遅れる。その間に彼は引き金に指をかけて、ゼピュロスの腹に銃口をぴったりとつけた。
そして、最期に一言だけ、…零音を見て、言った。
「…ごめんな」
乾いた音が、部屋を満たした……。
「東ぁああッ!!」
手を伸ばしても、もう、遅かった。彼はもう、その差しのべた手を握ってはくれない。その手が決して伸ばせない、もう届かない場所へ、…彼は、逝ってしまった…。
彼の体が、膝を折り、ばったりと倒れる。やがて頭部から血が滲み、床を染めた。…ずっと悩み続けた少年は、…報われることなく、殺されてしまった。
「…東ぁ…あぁぁ」
最期に見せた表情は、悲しげな笑顔だった。零音が気付いてあげられれば、救ってあげられれば、こんなことにはならなかったかもしれない。だから、零音は、謝る。心の奥底から、謝り続ける……。
「――………ッ」
そして、東の撃った弾は、ゼピュロスの下腹部を撃ち抜いていた。その痛みに悶え、声を殺しながらも、ゼピュロスはやがて、倒れる。
「…ごめんなさい」
関先生が眉をしかめて謝る。それは、東になのか、…撃たれた女になのか。…両方に、なのかもしれない。
「……う、…ぇ…」
ゼピュロスが、そんな声を出しながら、口から血を溢れさせる。零音は東に抱きついていたが、彼女の声に気付いて顔を上げる。
「…痛…い……寒い……」
動く力もないのだろう。腹部から流れ続ける血の量は凄まじい。顔も白くなり始めていた。
「……一くん……」
ゼピュロスは、目も虚ろになりながら、救いを求める。手を、伸ばす。…しかし、彼女の手も、決して握られることはないのだ。…そこには誰もいないのだから。
やがて彼女は激しく咳き込んで、辺りに血を吐いて、震えながら、…絶命する。その姿は、犯人といえどもやはり…見ているのが辛かった。
「……ひっ…く」
雪が、その空気に耐えきれなくなり、涙を零す。…こんなにも間近で起きた死は、彼女の、いや、…零音の心も深く傷つける……。
「……この人も、同じ、だったんだな…。やっぱり、…同じ人間なんだな……。好きな人がいて、守りたい人がいる。…どれだけ残酷でも、…それでも、この人は、…俺達と同じだったんだな…」
血塗れになった彼女の目から、涙が流れていた。唇を噛みしめたまま、死んでいる。…それがどうにも悲しくて、零音は目を、背けてしまう…。
「…なんでこんな風に、殺し合わなくちゃいけないんだ…。どうしてこいつらは、…こんな悲しい戦いを挑んできたんだよ……。残された人々の為なんていって、…皆傷ついて…」
真っ赤に染まるリビングは、その悲しみを投影したかのよう。苦悩と怒りと悲しみと責任と。そんな様々な感情がこのシェルターを、戦場を包んでいる。傷つくのは、ここに暮らす者達だけではなかった。犯人側の者達も、…重い責任を、切ない感情を持っていた。彼ら、彼女らにも、苦しみはあったのだ…。
ゼピュロスの指を、先生は指差す。左手の薬指に、…指輪がはめてあった。…それは、婚約指輪、なのだろうか。小さいが宝石の様な物がはめられていた。
「……H.I。…日付、ほんの数日前じゃねえか…。…なんで、死ぬかもしれないのに、ここに来たんだよ…。幸せに、暮らせたじゃねえかよ……」
もう、誰を恨めばいいのか分からなくなっていた。東も死んでいる。犯人も死んでいる。こんなにも血みどろの戦場の中で、…一体誰を恨めばいいというのだろうか……。
…どれくらいの時間が立ったのか。あるいは数分しか立っていないのか。…零音はやっと、涙が止まった。
「……ふぅ……」
また涙が流れないよう、零音は深呼吸して、鼓動を整える。
「……零音くん。……こんなに悲しい世界だけど。…きっと、救いは、あるわ…。だから信じて待ちましょう? 夜明けを、待ちましょう…?」
関先生が、座り込んでいる零音に、体を寄せた。まるで関先生は母か、…あるいは姉のように、零音を励まし続ける。
「…先生……」
涙が止まれば、途端に無感情になってしまう。何を考えるのも嫌になって、…感情が、薄れていってしまうのだ。
「私達、……生き残れるのかな? …生き残ったら…何か救われるのかな? …楽しい日々が戻ってくるの? …そんなこと、…ありえない…」
雪も涙が止まっていた。いや、もう涙が枯れてしまったのかもしれない。疲れ切った顔には、何の感情も映ってはいなかった。
「…東くんに、感謝、しなきゃ…ね…」
「感…謝…?」
先生は言う。…そう、彼は最期に戦ってくれたのだ。…その罪を償うため、勇敢に敵に向かってくれたのだ。…そう、あの時確かに、…彼に救われたのだ。
「……そう、だな……」
東はうつ伏せに倒れている。その顔を見せたくないと、最期に思ったのかもしれない。
「……ありがとな、東……」
犠牲の上に、今があった。水谷が戦い、東が戦い。…殺して、殺されて。そんな悲劇の上に、三人は今立っていた。
だからこそ、生き残らなければならないと零音は強く思う。…生き残った先に何か救いがあるのか、それは分からない。でも、死ぬことだけは、いけない。犠牲の上に、犠牲を作ることだけは、いけない…。
「…先生、顔…見てもいいかなぁ……」
雪が、東の隣にしゃがんで、その後ろ姿に目を落とす。
「……今は、やめておいた方がいいわ。…朝を迎えたら。…他の皆の顔も見られる。…そうしたら、たくさん泣きましょう。…今は、…駄目…」
そう言いながらも先生は、どこか遠くを見つめる。まるで生き残れる自信が、とうに消えうせているかのよう。
「……うん……わかった…」
三人とも、声がかすれていた。その声に、事件が起きるまでの元気はなかった。…朝には、皆心配はしながらも、いつも通りの日常を営んでいた。河井が木戸を気遣って、大丈夫だよ、と言っていたのが思い出される。
今、この状況を、あの時の零音達は信じられるだろうか。…血塗れのリビングで、座り込んでいる三人……。
「……戻ろう。…ここにいたら、どうにかなっちまう……。あと、八時間…。俺達は、…生き延びるんだ…朝日を、見るんだ…」
足が震える。しかし、歩かなければ。朝まで、逃げて、戦って、生き延びなければいけない。
今は二十二時十五分。敵はあと、二人。
仲間が、希望を遺してくれたのだから。
その先に、死があっては、……ならない…。
「…彼女の銃と、東くんの銃を持って行きましょう。それで最低限、自分の身を守れるわ。…私達三人で、…いえ、朝霧くんもまだ、生きてる…そう思うわ。四人で、生き延びましょう。…絶対」
関先生が銃を拾い上げ、東の持っていた方を雪に放る。そして三人は、東の家を出ていく。
戦いは佳境を迎える。
…どんな結末でも、…幸せがないことだけは、誰にも理解できた…。
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