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―手を離してはいけない。もう二度と繋ぐことはできないから。
手を離してはいけない。離せば彼女は消えてしまうから。
手を離してはいけない。そう心の中で願ったのに。
その手は離されてしまった。だから彼女は消えてしまった。
「春香ッ!!」
さっきまで零音達がいた、東の家のリビングに、ノトスはいた。…愛する人の元へ、彼は駆け寄る。
彼女を抱え、その名を呼ぶ。しかし、その体は既に冷たくなっている。…涙の跡が、むなしく残っている…。
「くっそおおおおッ! あいつらめッ! 殺してやる…、殺して…やるっ…!」
彼もまた、気取ってはいたが、やはり人間なのだ。だから、…零音達と同じように、悲しみに涙し、怒りに身を焦がす。
彼は立ち上がると、そばに倒れていた東の死体に発砲した。腹部が撃ち抜かれ、そこから血が流れる。……腹いせのつもりだったのだろう。
ノトスは身を翻して、外へ出て行った。最愛の彼女の最期の姿を目に焼きつけて。
*
零音の家に戻った三人は、何も話さずにただ暗闇を見つめていた。
「……」
話すこともなにもない。ただ時計を見ながら、静かに時を過ごす……。
ずっとそうしていると、現実感が喪失してくる。零音は夢を見るように、昔の記憶を思い出していた。
東のことを思うと、涙がこらえきれなくなる。彼はずっと一人で悩んで、誰にも何も言えずに、今日を迎えた。…仲間を殺したのは許せない事だが、零音も東のことを分かってあげることができなかった。自分が東を殺したも同然だと、…自分を責めた。
どうして東は犯人に加担することになったのだろうか? もしかすれば彼も、親がメシアの仲間だったのかもしれない。…しかし、両親は殺されていた。それなら、…やはり脅されて使い捨てられたということなのだろうか…。
このシェルターにはまだ、何か秘密があるのかもしれない。零音はそう感じた。
「……東があいつらと接触する機会なんてあったのか……?」
零音は二人に聞いてみる。答えは期待できないが、自分では分からない。もしかすれば、東のおかしな行動を、二人が見ているかもしれない。
「……いや、わかんない…ないと思うよ…」
雪からは、普通の返答。…確かに、分かることではない。彼がいつ犯人らに接触し、加担するようになったかなど、…本人の死んだ今、犯人に問わなければわからないのだ。
「…まぁ、両親を殺した直後に東くんが家に帰ってきて、…それで利用することにしたとか。…仮定はいくらでもできるわ。……でも、今は結果しか分からない。…だから、今は東くんのことを、…あんまり考えない方がいいわ。……全て終われば、……きっと分かる事なんだから」
関先生は、そう言った。…闇に消えた真実を、勝手に推測したところで、…答えが出るわけではない。どう解釈しようが真実ひとつで、…それが安心できるものか更に胸を締め付けられるものかは、分からない。
「…まあ、そうだよな……。今は、よしとくか…」
零音は再び窓に目をやる。それはその顔を二人に見られたくなかったからかもしれない。
顔を幾度もしかめる。しかし、それで涙が止まるわけではなかった。
…その時、景色が動いた。窓の外に、誰かがいる。歩いている。
「……!」
零音は注意深くそれを見続ける。敵なのか、それとも、朝霧なのか。
……後者ではなかった。…服装がどう見ても白だったからだ。
「…ノトスと、…あともう一人のどっちかか。……先生。どうすれば…」
状況だけで言えば、こちらが有利だ。もし今歩いている犯人をどうにかできたなら、生き残れる可能性はぐっと高くなる。明日の朝まで二人の犯人が徘徊しているのと、一人だけが徘徊しているのとでは、大きく違いがある。
しかし、なんとかなるのか。それが一番の問題だ。
「……三人とも銃を持ってるわ。…それなら、戦うのも手、なのかもしれないわね…」
関先生がそんなことを言うのは珍しかった。一番危険性の少ない道を選ぶのが彼女なはずなのだが。こんな状況になってしまった今、目先の安全だけを意識して生き残れはしないと思っているのかもしれない。
「分かった…。その方がいいのかもな…。いや、どっちがいいなんて問題じゃないか…。とにかく、そっちを選ぶなら、慎重にいかないとな…」
犯人が窓の外を通って行ったのはついさっきだ。早く出ないと、犯人を見失う。犯人に気付かれず、言っていの距離を保ったまま追跡し、隙を窺わなければいけない。
「…怖いな」
雪がぼそりと呟く。出来る限り二人に心配をかけないようにとは思うのだが、やはり体が震えてしまうようだった。
「…大丈夫だ、雪。…一人じゃない」
零音は彼女の目をじっと見る。雪も、その目を見る。…零音の瞳には、決意が映っていた。…雪にはそう見えた。だから、…静かに、一度だけ頷いた。
三人は、家を出る。自分達を守る城を、自分達から放棄する。…それは、吉と出るのか、どうなるのか。
「…零音くん」
犯人の後を追いながら、関先生は声をかける。
「ん…?」
「…犯人は、今は一人よ。…二手に分かれて、追いましょう」
先生は犯人の方を、いや、犯人の向こう側を指さす。…つまり、挟み撃ちにでもしようということか。
「……危険な気がするけど」
もう一人がまだ徘徊しているかもしれない。その時に、孤立した方は相当に危険な状況に追い込まれるだろう。
それに対して、関先生は、右側を指さして言う。
「家の隙間を通って反対側に出ればいいわ。…犯人が来るまで、その隙間で待っていれば安全なはず…。もし他の誰かが来たら、…私達に追いついてきて、また零音くんの家に戻らなきゃいけなくなるけどね…」
相当リスクの大きい、まさに博打だ。…生半可な覚悟で飛び出してきたな、と零音は思った。…家を出た時は、一大決心と思っていたのに。
「…分かったよ。一人になるのは、俺のほうが、いいんだろうな……」
溜め息をついて、情けなく笑う。まだ少しだけ、家に籠っていたほうがいいんじゃないかという気持ちはあったが、関先生は、自分達が死ぬかもしれないということと、犯人を、ともすれば殺すかもしれないという程の覚悟を持って、この作戦を立てたのだ。……それに異議を唱えることが、ためらわれた。
反対する気に、なれなかった。…
「…ええ、お願い。怖いだろうけど、頑張って…。私達の明日の為に、いや…」
言葉を途中で切って、首を横に振る関先生。それ以上は、今は言わないでおく、ということだろうか。
「……また、ね」
「はい」
零音は、精一杯の微笑みを浮かべる。眉間にしわは寄っていたが、…それ以外は、綺麗な笑みだった。
「零音くん……」
雪が、右の道に逸れて行こうとする俺の手を握る。両手で。
「…絶対に、帰ってきてね……」
涙を両目いっぱいに溢れさせて、…零音の手を、痛いくらいに、彼女は握り続ける。離せば消えてしまうかもしれない、そんな恐怖が、彼女を満たしているのかもしれない。…それほどに彼女の顔は、悲しみを訴えていた。
その顔を見て、…零音は思う。こんな状況なのに、思う。
…雪は、可愛かった。
「ああ。絶対に帰ってくるさ。…待ってろ、雪」
今度の微笑みは、一片の曇りもなかった。本当に綺麗な、笑顔だった。
だから、雪もそれにつられて、笑みを返す。…信じたよ、という合図に。
「…じゃ」
「うん」
雪は、その手をほどく。
零音はその手を、離す。
名残惜しかった。けれど、その手を離す。…それがもし、最期だとしても。
「行ってくるよ」
…零音は、右に曲がった。そしてやがて見えなくなる。
振り返っても、彼女達の姿はもう、見えなかった。
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――異色ミステリ。その日は幸せな一日だったのか。主人公、叶田友彦は、自らに問う。
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現在執筆中。四部編成の長編ミステリ。平和だと信じて疑わなかった村の、秘められた闇とは。
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