…よくよく考えれば、どうしてもひっかかることがあった。落ち着けば落ち着くほど、おかしな事に思えた。
「水谷は、包丁を持ってて、…あのアネモイが銃だろ……。今さらだけど、状況かわからねえ。…あの女が自殺したなら、筋は通るけど…そんなの考えられない…」
水谷が女を追いつめていたことは確かだ。女の手と足には、何カ所も切り傷があった。しかし、結果的に二人とも銃で死んでいる。…零音には分からなかった。
「…別の犯人がやってきて、二人を殺したってこともあるわ…。ノトスは一度、殺人者を殺してるわ。…だから今度も、同じようなことになったのかもしれない…」
一応納得のいく仮説を先生は立ててくれる。なら一体、この女は何をして殺されてしまったのか…。
「プロの殺人犯は、…そんなこともするってのか……。本当に理解できない奴らだ…くそっ…」
彼らは命を軽く見ているのだろうか。いや、零音は悪態をつきながらも、そうではないとは思っていた。彼らは残された人々の為に戦っているのだ。後ろには、何十万人という人を背負っている…。だからこそ、このシェルターの人間の命を、次々と殺しているのだ。そして、仲間すらも…。未来の仲間の為に、彼らは、自分達の命すら軽く見て、…この殺人を行っているのだろう…。
「…ねえ、零音くん。…そういえば、さ…」
雪が突然話しかけてくる。雪も相当辛いのだろう。零音は優しく声を返した。
「ん、なんだ、雪?」
その雪の表情は、なんとも言えない、焦り、戸惑い、そんなものが感じられた…。
「…敵は、…プロ。そうなんだよね……」
自分の考えていることが杞憂であればいい、そんな心情なのだろうか。顔を歪めて、雪は聞く。
「…ああ。多分な…。それがどうした……?」
零音も、それを聞きながら、雪の言おうとしてることが何なのか、…気付く。そう、敵の持っている銃が全て同じなら、決して聞こえなかったはずの音…。
「私達が聞いた銃の音……どこから…」
水谷とエウロスが死んだ時、使われた銃がアネモイのものだったら、間違いなく音は聞こえない。サイレンサー付きだから。
ならさっき聞こえた発砲音は、どこから聞こえたものなのか…!
「や、やべぇ…ッ! 別の場所でも何か起きてたんだ! くそ! また誰か、殺されてるっていうのかよ! 畜生! ちくしょおお…ッ!」
零音は声を喉で必至に抑えながらも叫ぶ。誰が、何処で、どうなっているのかもう考えるのすら嫌になる……。
三人は、方向を変えた。家に戻ることは、まだできない。
「……東の、家…。電気、消えてるぞ…」
零音が見た先にある、東の家。確かに、朝霧の家に行く前は、電気がついていた。そしてあの時は鍵がかかっていて、危険を感じたので急いで逃げたのだ。……それが今、電気が消えている…。
「……行こう」
生唾を飲み込む。また、泣くことになるかもしれない…。
「…うん」
無言で、三人は歩いた。
一歩一歩歩くたびに、何かが見えてくる。もしかすればこれは、…心を生理するために神が与えてくれた時間なのかもしれない、と、零音はそう思った。馬鹿なことを考えている。そんなことは分かっていながらも。
東の家の入口には、美しい長髪が、地面に広がっていた。その髪を辿っていけば、…彼女がいる。
「ひっ…ぁ…」
またしても頭部から血が流れていた。…舞宮は、頭を撃たれて、死んでいた…。
「千華ちゃ…っ、ひ、きゃ、あ…」
雪が、舞宮の体を抱きかかえようとして、…その手が、止まる。そしてそのままその手で、目を覆う…。
「なんで…なんでなの…!」
悲痛な嘆き。見てはならない、そう思える。…彼女の最期の姿なのに。直視することすら、できない……。
「ど、…どうして…! こんな…!」
零音は、言葉が出てこなかった。どうしてこんな最悪な最期を、彼女が迎えなければならなかったのか…。
「うおおおおああああ…ッ!」
舞宮の顔は、額ではなく、目の下辺りが撃ち抜かれ、なんとも形容しがたい歪んだ顔を見せている…。撃たれた場所の骨が折れて、外にその形を見せている…。
なぜ犯人は、彼女にこんな死を与えたのか…! 彼女の笑顔が頭に浮かび、そして目の前の舞宮の顔が嫌でも視界に入る。…これが、あの美しい笑顔を見せた舞宮の最期だと、…三人とも、信じることができなかった……。
「…千華ちゃん……」
何度も励ましてくれた関先生も、今度ばかりは耐えかねた。こんな死を見せられて、耐えられる人間なんて、いるだろうか……。
血は未だ、ぽっかりと空いた穴から溢れ出てきている…。それが、まだ殺されて時間が立っていないことを教えてくれる。…発砲音を聞いたのは、ほんの十分程前なのだから、当然ではあるが。
「……もう終わらせてくれよ、やめてくれよ…! ううう、…ああ…」
一日で、何人の人が死んだのか。どれだけの悲しみが、零音達を満たすのか。…終わらない。この事件は。…そう、全てがなくなるまで、…この事件は、…続くのだ…。
「…止められないのかよ、皆死んじまうのかよ…!? もう、嫌だ…、畜生お…」
自分が不甲斐なかった。誰も助けられない自分に、嫌気がさした。…零音は、頭まで地面につけて、…どんどんと地面を殴った…。
そしておもむろに、…東の家の扉を開ける。
「……俺に、できるかな…。水谷ができたみたいに、…俺が犯人を、…倒せるかな…」
ドアノブを握ったまま、よろよろと立ちあがり、…零音は呟く。それは自問なのか、それとも二人に対してなのか。…彼自身にも分からなかった。
「…生き残らなきゃ、明日はないわ。……零音くん。…私達なら、きっと、生き残れるわ…。…う…」
まだ 先生も雪も、しゃくり上げて泣いていた。零音も、涙は止まらない…。
「…犯人は、…中に、いるのか…。……俺は、…」
銃を持つ手が、震えてくる。しかし、そんなことではだめだ。左手で、震える右手を押さえる。
「…終わらせる…」
その決意がなければ、…生き残れない。
「零音くん…」
雪が、零音の手を握る。…心配してくれているのだろう。…不安なのだ。
その手をまた、零音がぎゅっと握って、…彼は中を見据える。