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―どうか彼を許してあげてください。
どうか彼を責めないであげてください。
どうか彼に安らかな眠りを与えてください。
彼の持つ天秤の重さが、彼を狂わせてしまったのだから。
命は一つずつ消えていく。
舞宮の前に現れた彼は、生気の感じられない目で、彼女を見る。まるで目を開けたまま夢を見ているかのよう。いや、舞宮にとっても、彼が現れたことが、まるで夢のようだった。…信じられなかった。
「…あ、……」
だから舞宮は、彼を安心させてあげようとする。今犯人はいない、今は大丈夫、皆に会えれば、皆が守ってくれる…。
「東、……もう大丈夫だ」
目の前の東に、彼女は笑いかける。
「おかえり……」
そして、近づこうとした。その時。
東の右腕が、上がる。その手に握られているものは…。
舞宮は、もう一度笑いかける。
「……どうして…?」
乾いた音と共に、飛沫が舞う。
舞宮にその答えが返ってくることは、なかった…。
*
その音に、三人は驚く。
「おい、今の、発砲音だよな…!?」
零音は窓を開け、首を外に出して辺りを見渡すが、暗くてよく分からない。見えないところで起きているのかもしれない。
「外に出てみましょう。誰かが危険かも知れない…!」
関先生は、部屋を出て玄関の扉を開け、左右を確認する。人の気配がいないことを確認すると、零音と雪を呼んだ。
「まとまって、よく考えながら行動すれば、多分大丈夫…。何かを確認できたら、…すぐ戻りましょう」
先生の言う何かが、…無事に逃げ伸びてきた仲間なのか、それとも、…逃げ伸びることができなかった生徒なのか。…それはまだ、わからないが。
僅かでも生きている可能性を信じて、零音達は外へ歩みだす。
そして、目の前に映る景色は。
「……なあ、学校の…教室の、窓…何か…ついてる……」
零音が指差す。零音の家から学校までの距離は十数メートルで、教室は電気もついていたので、目の良い零音は、すぐにそれを見つけることができた。
…それを見つけたかったかどうかは、別にして。
「……?」
雪と関先生はまだよくわからないらしく、目を凝らして近づいていく。
そして。
「きゃ…ッ、ぁ…」
短く、悲鳴を上げた。…犯人に居場所がばれないように、理性で悲鳴を抑えつけたのだろう。
「…そんな……そん、な……」
教室の窓には、ポツポツと。所々に、血がついていた。…まだ乾ききっていなかった。
誰のものなのか? 近づかなければ分からなかった。しかし、もしかしたらまだ誰かがいるかもしれない。そして何より、…誰のものなのか知るのが、…怖かった……。
「…行こう。何が起きたのか、…見ないといけない…」
嫌な想像だけが膨らむ。だが、見ないと結末は分からない。…希望はいつだって、消えることはないはずなのだから……。
三人はゆっくりと、その窓へと歩いて行く。人の気配はない。辺りにも、…そして教室の中にも。…窓から人影すら見えなかった。
そうして血のついた窓の前に来た三人が、床を見降ろすと、……そこには、水谷と、女のアネモイが倒れていた。アネモイの方は、…うつ伏せになっている。
「…水谷……っ」
彼の手には包丁があった。それで必死に戦ったのだろう。左腕から出血していて、…彼が勇敢に戦い抜いたことを表している。
水谷と女の頭部に、撃たれた痕がある。それが死因だろう。零音は遠目にそれを見て、…口を手で押さえた。
「……よくやったぜ、…水谷。…お前、俺なんかより断然すごいじゃねえか…。…お前の勝ちだよ、お前が、一番だ…」
零音は嗚咽を漏らしながら泣いた。…何度も何度も競い合って、肩をぶつけあって、そして大声で笑い合った友の死を、悲しんだ。もう隣で互いを睨みあうこともない。先を争って全力で走ることもない。彼は今、静かに、眠っている。もうその眠りが覚めることは、ないのだから。
「…ひっ…く…う…うっ…」
零音の涙が、二人の涙も誘った。いつだって元気をくれた二人の熱戦を見ることはもうできない。…楽しかった日々はもう戻らない。…これで仲間は三人死んだ。……皆、もう心が限界だった…。
「……戻りましょう。…水谷くんは、頑張ってくれたわ。これで犯人は、…三人。ずっと籠っていればもしかすれば、助かるかもしれない。水谷君は私達に、…希望を遺してくれたのよ……」
関先生が、零音の肩に、そっと手を当てる。それでも零音の涙は止まらない。だから関先生は、…後ろから、零音を優しく抱いた。
「零音くん。…大丈夫。終わるわ。全部終わってくれる。…そして朝が来て、…私達は、生きてここを出られるわ…。きっと、いや…絶対に……」
その温かさが、やっと零音の悲しみを和らげる。長く競い合った友の死を、…少しだけ受け入れる心を、取り戻す…。
「……水谷ィ…」
彼は最期に戦った。そして、少なくとも負けなかった。…彼は自分達に、生き延びてくれと、願って死んだはずだ。きっと…。…彼の顔を見て、零音は勝手にそう思った。…でも、きっと本当に、…そう思ってくれたのだろう。…最期の瞬間に、彼は。
「……うん、戻ろう……。生きなきゃ…。このまま全員殺されちゃ、…報われない」
もう別れる時だ。最後に零音は水谷に、笑いかけた。
「お前を尊敬するよ。……ありがとう、水谷」
そして、零音の家へ、三人は戻り始める。
Memory Modification
――異色ミステリ。その日は幸せな一日だったのか。主人公、叶田友彦は、自らに問う。
双極の匣
現在執筆中。四部編成の長編ミステリ。平和だと信じて疑わなかった村の、秘められた闇とは。
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