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自作の小説等を置いていったり、読了した本の感想をほんの少し書いたりしていきます。
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#2.Discord_戦場への誘い_1


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―始まりの時が来た。今まで続いてきた、偽りの平和が壊される長い一日の。
  決して聞こえるはずのない、誰かの放つノイズが、私の耳から離れない。
  そのノイズを最期に、一人、また一人と壊れてゆく。
  まるでそれが、予定されていた寿命であるかのように。


 数日後の早朝の空も、いつものように緑色だった。朝日がシェルターに当たり、神秘的なライムグリーンの陽が、村に射している。
 目覚まし時計が鳴り響く。零音は布団の中で少し伸びをして、そのアラームを止める。…二つ目の目覚ましは、今日は必要なかった。鳴る前にボタンを押し、彼は起き上がる。
「…今日は目覚めのいい日だな。よく晴れてるし」
部屋のカーテンを開けると、同じように緑の陽が射しこむ。少しだけその陽の暖かさを感じ、零音は部屋を出た。
 食卓へ向かうと、父の声がする。
「…零音には、どう説明すればいいんだろうな。…いや、そもそもそんな事を言う家庭なんて、いないかもしれない。…過去は忘れるのが、この村の暗黙の了解なのかもしれない」
その声は少し暗く、何か重大な話をしているのかもしれない、と零音にも分かった。
過去は忘れる…その台詞が、気にかかる。
「おはよう、父さん。何か言うことでもあるの?」
零音はイスを引きざまに、さりげなく聞いてみる。突然の登場に、父はどもっていた。その父の代わりに、母が言う。
「なんでもないわよ。こんな村に住んでるから、昔のことなんかすっかり忘れちゃうって話。昔はシェルターに住めてなかったからね」
そういえば、このシェルターの前はどこに住んでいたのだろうか。零音は生まれた時からここにいるので、知る筈もなかった。どうやらここはシェルター建設の時に家も建てられたらしいので、昔からこの場所に住んでいたというわけでもないだろう。
「ふぅーん……」
はぐらかされたと思い、零音はそれ以上聞かなかった。テーブルの上に並べられている朝食を見渡し、箸をとる。
「いただきます」
 テレビでは、シェルター43についてのニュースを放送していた。キャスターが、キープアウトの張り巡らされたシェルターの前でマイクを片手に何やら喋っている。…二日前にシェルター43もまた、事件の犠牲となってしまったのだ。
「…もうすぐ、ここにも来るかもしれないな…。零音、何かあったら学校から出るんじゃないぞ。皆で固まってた方が安全だし、なにより美里先生もいるし、な」
 父が言う。零音の父も母も、関先生をとても信頼している。よく零音に、頼れる姉さんだと思ってなんでも聞いてみなさいと言っている。人柄もいいし、容姿も美人なので、関先生を嫌いな人は、このシェルターにはいないのかもしれない。
 いや、このシェルターには誰かを憎んでいる人なんていないのだろう。
「父さん達はどうするんだよ。ずっと前からそういうこと言ってるけど、父さん達の避難については、何も言ってないし…」
 零音は味噌汁を飲み干して、テーブルにゆっくりと器を置きながら聞く。それを見つめていた父は、しばらくの間をおいて口を開いた。
「何かあったら学校に逃げ込むことにしてる。でも、それまでは基本的に自宅で待機だ。シェルターWorkは仕事専用だから、他の人は認証されずに中に入れない。…ゲートの中に逃げ込めば、下手をすればWorkにまで犯人が来る可能性もある。…それどころか、犯人がWork方向から来る可能性すらあるからな」
 早口でそう言い終わると、腕を組んでいた父は大きな溜め息をついた。彼も彼なりに、長い間悩んでいたのだ。
 考えてみれば、事件の犯人はどこからシェルター内に入ってくるのだろうか。入口のあるシェルターもあるが、40番台のシェルターは全て郊外の農村なので、出入り口となるようなものは、シェルターworkしかないのだ。
「…下手に動かない方がいいってことかぁ。父さんも、こういう時は頭が回るね」
「父さんはいつだって仕事で頭使ってるぞ。零音もたまには頭使ってテストでいい点とってみろ。皆の前で美里先生に励まされるのは嫌だって言ってただろう?」
 冗談まじりで言ったが逆に痛いところを突かれてしまい、零音は言葉が詰まってしまう。関先生はいつも、成績の悪い生徒に対して特別指導をしてくれるので、零音は常連になってしまっていた。零音にテストを返す時に先生はいつも、できるはずだから次は頑張れ、と言っていた。その度にクラスには笑いが巻き起こった。
 零音の点数自体はそれほど悪くはない。いつも四十点をギリギリ超えている。しかしそれが何年間も変わらないので、どうすれば彼の点数が上がるのか、先生も頭を悩ませているのだ。
「まぁ、頭を使えばなんとかなるだろうけど…面倒なんだよな」
その言葉は自信のなさを示すのか、尻すぼみとなってしまい、父には最後の方は聞き取れなかったようだった。
 後は黙々と朝食を平らげて、零音は学校に行く支度をしに、自分の部屋へと戻っていく。ごちそうさまは忘れずに。
 閉まる扉の音を聞いた後に、父は溜め息をつく。母も同様に。
  もしかしたら、このまま伝える機会は、永遠に失われてしまうかもしれない。そんな予感が、二人にはしていた。



 いつものように、校門前には雪が待っていた。零音はいつもと同じように雪と談笑し、東が歩いてくると、肩を叩いて元気出せよと励まして、教室へ向かう。
 教室では、木戸が何人かを集めて、事件について話していた。いつ事件の手が及んでもおかしくない状況だと、もう既にほとんどの人が思っているので、それに比例して木戸の表情も暗かった。
「だから、今日はどの家庭も自宅待機してるってことかぁ…。…このままなんともなきゃいいけど…」
 朝霧は諭すのも面倒になったのか、隣で本を読んでいるが、河井はなんとか木戸の元気を取り戻そうと、プラス思考の意見を並べていた。
「大丈夫だよ、木戸くん。田丸さんだっているし、大人は皆ここにいるんだから、なんとかしてくれるよ。何かあったらすぐ警察に連絡すればいいし…」
 零音はそれを軽くなだめて、席についた。時計を見ると、ちょうど三十分になったところだった。朝礼の時間のチャイムが鳴る。
「はーい、おはよう、皆。着席してないと欠席だからね」
関先生は、いつものように教室に入ってくる。その姿は、やはり皆を安心させるものがあった。
 そう、何も起こらなければ、いつもと変わらない一日が過ぎていくだけ。
 零音はそう自分に言い聞かせ、元気よく挨拶をした。いつものように。

 零音の家では、父と母が普段の休日どおりの生活をしていた。掃除をしたり、テレビを見たり、それを見ていると、事件のことなどまったく気にかけていないようにも見える。
しかし、こうしていないとどうも落ち着かないのだろう。その証拠に、同じところに何度も掃除機をかけたり、テレビのチャンネルを次々と変えたりしていた。
「…事件が起きても仕方ない。そんな風に、どこかで思ってるのかもしれないな。…ここから誰も逃げ出さないなんて」
 今日、いや昨日から、シェルターWorkへ行こうとする人はいなかった。自分だけが逃げたと思われたくないという思いもあったが、何よりここから逃げ出すことに、更なる罪の意識があったからだ。
「そんなこと言っちゃだめよ。私たちは、外には関われないけれど、…ちゃんとした人間なんだから」
 母は適当にかけていた掃除機を止め、片づけを始める。結局、リビング以外は掃除をすることはなかった。
 その時、自転車の音が聞こえる。窓を開けていた母は、その自転車に乗っている男に挨拶する。
「田丸さん、おはようございます」
「ええ、おはようございます。やはり皆さん、自宅待機のようですね。集団意識の強い村のようで…微笑ましいです。私も期待に応えられるように頑張らなければ。…あくまで何かあった場合は、ですがね」
 警備の田丸は、自転車に跨ったまま挨拶に答える。優しく気さくな人のようで、いつも彼が来ると少し緊張が和らいだ。
「…今日が何もなければいいんですけど」
 母は言う。
「……ええ、そうですね。それを望みましょう」



 ガシャン、という派手な金属音を鳴らして、自転車は横転する。もちろん、このシェルターで自転車を使う人なんて、田丸以外にはいなかった。だから必然的に、この音は、田丸の自転車のもの…。
 地面に投げ出された田丸は、そのまま動かない。腕や足が不自然に曲がろうと、声もあげなかった。
 そこで田丸の人生は、終わりを迎えた。彼にとって長かった一生には値しない、なんとも無慈悲な最期を飾って。
 やがて胸から、血が流れ出す。それは今日という日が赤く染まる一日となるであろう、その幕開けの、…最初の犠牲者だという証。
 男が舌を打つ。何に対してかはわからない。その男は踵を返し、次の標的を探しに向かう…。
 

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Battle Field――近未来系ミステリ。毒から身を守るために作られたシェルターの中で生きる人々。そんな世界の小さな村で、幼い彼らの元へ訪れる災厄。王道(?)のフーダニットです。
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――異色ミステリ。その日は幸せな一日だったのか。主人公、叶田友彦は、自らに問う。
双極の匣
現在執筆中。四部編成の長編ミステリ。平和だと信じて疑わなかった村の、秘められた闇とは。
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