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自作の小説等を置いていったり、読了した本の感想をほんの少し書いたりしていきます。
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#1.Overture_忘れようとした日_3



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この学校はクラスが一つだけ。教室も、普通の学校の半分程の大きさだ。通っている子供の数が八人しかいないので、それで十分だった。クラスには扉がないが、授業中、他に立ち歩く生徒がいるはずもないので当然のことだった。短い廊下の奥には、教室よりも小さいかもしれない職員室がある。校長室もその中に詰められている。先生も三人だけなので、それも十分な広さだった。
「おはよう、水谷」
零音は教室に入ると、まず近くにいた水谷に挨拶する。まだ眠いのか、水谷は机に突っ伏したまま挨拶を返した。
そして三人は、それぞれの机にカバンを置き、各々会話を弾ませる。友人の輪の中に入ってする話題も、やはり最近はシェルター事件の事だった。
「ここに来たらどうすればいいんだろう…」
「ここが緊急時の避難場所になってるし、警察に連絡して先生と行動してれば大丈夫ですよ、きっと」
「まぁそうだけど…不安だよね」
話をしているのは、朝霧と、木戸と、河井だった。木戸は少し心配症のようで、隣の朝霧にずいぶん前から、何度も問いかけていた。朝霧の返答は適格で、なるほど、優等生ぶりを見せつけているようだった。
「皆おはよ。朝から毎日そんな話題ばっかり、暗くなるからやめといたほうがいいぞ。それより今日の昼食のこととかさー」
零音は木戸の頭を、ポン、と叩きながら挨拶する。
「おはよう、芹沢くん」
「おはようございます、芹沢くん」
零音は十五歳で、彼らは零音より一歳下、つまり十四歳だ。だから挨拶も少し丁寧にしてくれる。まあ、朝霧はいつも丁寧な口調なのだが。
「木戸くんは確かに、ちょっと気にしすぎかもねぇ。私だったら、皆で一緒なら大丈夫って思うかな。その方が気持ちも楽だし…」
河井がにこりと笑う。木戸もその笑顔を見て、少し和んだようだ。そうかもね、と言って笑い返した。
木戸と河井、この二人はとても仲がいい……というのは、もう既に周知の事実だった。だから笑いあう二人に水を差すような人はいなかった。
「さて、と。それじゃそろそろ席に着くかな。しかし、東は最近ずっと元気ないな…」
東は、席についてずっと俯いていた。その目は特に何を見つめているわけでもなく、傍から見ても彼に生気があるとは思えないだろう。零音以外の全員も、東のことを少なからず気にしていた。なのでたまに声はかけるのだが、会話はいつも長くは続かなかった。
時刻は八時半になり、チャイムの音が鳴る。と言っても、普通の学校のようなチャイではなく、ゴーン、という音が二回だけ鳴る、短いものだが。
 ゴツ、ゴツ、と廊下に木底の靴の音が響く。その音で、生徒は全員きちんと席に着く。その音の主が先生だからだ。
「はーい、おはよう。座ってない子は欠席だからね。うん、今日も休みはなしか。いいことだねー」
元気な声でそう言いながら、関先生が教室へ入ってくる。肩に出席簿を、コンコンと当てて、机の前にやってくると、手を机について号令をかける。
「はい、みんな起立。朝霧くん」
朝霧が呼ばれる。彼はこの学校での学級委員的役割なので、いつも挨拶の号令は彼がしているのだ。
「はい。…令」
その一言で、全員頭を下げ、おはようございます、と合唱する。ここまできっちりとしている学校は、最近はあまりないだろう。
 挨拶が終わると、着席、という合図とともに全員座り、出欠をとった後、朝のホームルームが始まる。
 関先生――関美里は、生徒からも慕われ、その上美人だった。だから零音も、他の皆も、彼女が独身であるのをずっと疑問に思っている。しかしその理由は単純だった。このシェルターにいる限り、付き合う男なんてできはしないのだ。ここは小さな村で、他の大人たちは皆、それぞれ伴侶を持っている。
 だから、彼女が結婚するとしたら、ここからいなくなってしまった時くらいなのだろう。
「さて、じゃあ出欠とるからね。まぁ、とらなくてもわかるけどね」
そして大きな声で、先生は名前を呼ぶ。

朝霧くん――朝霧陽次。先ほども言ったとおりの、頭のキレる男の子だ。メガネをかけ、いつも眠たそうな目で本を読んでいる。黒い髪は七三に近い分け方で、しかし独特な雰囲気を持ち合わせている。どうして陽一ではなく陽次なのか、と何度か話題にされたりしていて、それは本人も分からないようで適当に笑ってごまかしていた。
東くん――東健。呼ばれると東は俯いたまま小さく返事をする。後ろへ上げた茶髪が少し下に下がり、彼の顔に影を落としている。何か真剣に悩む事でもあるのだろうか? 普段の元気の良さを考えれば、全員が心配をするのは当然だった。
河井さん――河井夢乃。丸い髪の片側をヘアピンで止めた、やや幼い、可愛らしい顔の女の子。感情が豊かで、いつも周りを楽しませている。木戸との仲はとても良くて、子供ながらにも、意識せずにはいられない存在になりつつあるようだ。
 木戸くん――木戸拓也。少し黒みがかった茶髪を、真ん中から上に上げ、外は下に下ろしている、そんな独特な髪型。クラスの中では控えめな方で、自分から意見を言うような性格ではない。
 白井さん――白井雪。元気よく返事をする彼女は、クラスのムードメーカー的役割だろう。髪型も少し派手で、ライオンヘアーに近い。彼女の明るい言葉は、いつも自然と周囲の皆も明るくしている。
 芹沢くん――呼ばれると、彼も雪に負けじとばかり、元気に返事をする。右に少し跳ねた髪が揺れた。それを見て関先生は微笑む。どうしてか彼に対する関先生の態度は少し違う気がしてしまう……そう、零音自身も思っていた。彼の勝手な過大評価なのかもしれないが。
 舞宮さん――舞宮千華。名前が飛ぶのも少人数クラスの故だ。彼女の名前はとても綺麗に見えると、雪はよく言っている。性格も名前に負けず上品で、淡泊な表情を浮かべている。クラスの中で一番落ち着きをもっているかもしれない。
 水谷くん――水谷駆。彼は運動神経抜群で、いつも零音と肩を並べていた。体育の時間では零音と一番気が合う仲だ。しかし、勉強も案外できるので、机に向かうと勝負にならず、零音の悩みになっている。

 この八名が、この学校の生徒だ。先生を合わせても、この学校には十二人しかいない。関先生は授業を教える先生で、校長先生は朝霧の父親が、給食調理担当は水谷の母親がそれぞれ勤めている。この学校が設立されてから、先生が変わったことはない。              …ただ一人、生徒が欠けてしまったことはあったが。
そしてそれを無かったことのようにして、今の平穏な毎日を取り戻している。
そうやって記憶から消さなくてはいけないほど、その一日は彼らにとって苦いものだった。…零音が眠れないのと同じように。
 出欠が終わると関先生は、もうすぐ授業参観があります、という報告をして、一限目の用意を取りに行く。相も変わらず廊下を木底靴の音で賑わせて。
 生徒は各々、教科書を机から取り出す。一限目は現国だった。

 シェルターWorkは、まさしく仕事専用のシェルターだ。小さな会社が一つだけ、後は民家も何もない。かろうじて自動販売機があるくらいだろうか。
 芹沢を先頭にゲートをくぐり、三人はここに着く。
「いつも少しだけ時間が余るんですよね。ゲートの時間が時間だから…」
腕時計を見ながら、芹沢が言う。時刻は八時四十分を示している。仕事が始まるのが九時なので、結構な時間が余っているといえる。
「そうですね…。まぁ私は芹沢さんと部署が違いますが。…それでも五分くらいは早いですね」
同じく腕時計を見ながら、木戸が言った。他に言うこともないので、ついつい時計を何度も見てしまう。
 東は、どうも他の場所に仕事場があるらしく、軽く挨拶をして、違う方向に歩いて行った。しかし、他に仕事場なんてあっただろうか。
「しかし…もうすぐこんな場所にまで来るんでしょうかね。……シェルター事件は」
現在シェルター42までが壊滅している状況で、来ないと断言できる人はいないだろう。明日の話かいつの話かはわからないが、やはり皆薄々は警戒している。それは多分他のシェルターも同じなのだろうが、どうして彼らは何も抵抗できなかったのだろうか。全てが最悪のシナリオで進んでいるのだろうか。
「誰も犯人を捕まえらないなんて、不思議ですよね……。警察も何人か派遣されて来ているのに、何の意味もなく…。その警察官すら死んでいるんですからね」
木戸は眉をひそめる。彼も子供と同じく心配症だから、つい思ってしまうのだ。同じことになるのではないかと。
「えぇ…。我々の所にも、来るかもしれません。私は来るだろうと思っています。…けれどそうですね、ここは避難場所にも使えるかわからない、政府の対応はお粗末…。確かに、怖いものはあります」
政府はどうして手厚い策を練らないのだろうか? かつてない重大犯罪に対しての反応がこれほどまでに薄いのはどうしてなのだろうか?
「……あ…」
それは自然と、芹沢の口から漏れ出た、感嘆詞。長い時間忘れていた、その記憶が蘇る。
「……4と9のつくシェルターの決まり。私たちの……」
そこまでを聞くと、木戸もそれを思い出した。そして目を見開いた。
 

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Battle Field――近未来系ミステリ。毒から身を守るために作られたシェルターの中で生きる人々。そんな世界の小さな村で、幼い彼らの元へ訪れる災厄。王道(?)のフーダニットです。
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――異色ミステリ。その日は幸せな一日だったのか。主人公、叶田友彦は、自らに問う。
双極の匣
現在執筆中。四部編成の長編ミステリ。平和だと信じて疑わなかった村の、秘められた闇とは。
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