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自作の小説等を置いていったり、読了した本の感想をほんの少し書いたりしていきます。
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#1.Overture_忘れようとした日_4

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昼休みは、子供たち全員がうんと羽を伸ばせる時間だ。ほとんどが外に出て、球技や、他にも様々な遊びに熱中する。零音ももちろん、その輪に入る。男女の分け隔てもなく元気に外で遊ぶ彼らは、なるほど、今の首都圏付近の子供たちにはないものを持っていると言える。
「水谷、いくぜ」
零音は、水谷目がけボールを投げる。ドッジボールといえど、狙う敵はきちんと決めておかないと、怪我をしかねない。自然と男子はレディーに対して優しくなるのだ。
「おっと…」
水谷が膝の辺りでボールを受ける。普通はアウト必至の球を簡単に取れる水谷の身体能力は、たいしたものだろう。
「…この二人の勝負になったら長く続くなぁ」
雪が溜息を漏らす。いつもこの二人だけでヒートアップしてしまうので、後半はツーマンショーのようなものだった。
「木戸くん、大丈夫だった?」
「うん…ありがとう、夢乃ちゃん」
 木戸は流れ玉に当たってアウトになり、外野で同じくアウトになっていた河井と和んでいた。当分外野にボールは飛んでこないだろうから、邪魔は入らないだろう。
 朝霧は、球技は苦手らしく、日陰で本をパラパラとめくっていた。流石にこういうときには、本よりも皆の試合に見入っている。
「あー、負けたぁ…」
「よっし! これでまた引き分けだな」
零音がうっかりボールを落とすと、水谷は大きなガッツポーズをとる。この所、零音と水谷は勝負事の勝敗をカウントして、お互いの優劣を競っている。今のところ、二人の競争は九対九で引き分けだった。
 零音がとぼとぼと外野へやってくる。次は外野から水谷を狙うつもりなのだろう、その目はずっと水谷を見ていた。
「とはいっても、もうあとは雪だけなんだけどな」
水谷のチームの内野は、水谷と舞宮。外野は早々にアウトになった東。
そして零音のチームの内野は、雪だけだった。
「もう終わりかなぁ……」
零音は、校舎の時計を見る。あと何分かで昼休みは終わりだ。
 ふと、校舎の玄関口を見ると、関先生が誰かと喋り込んでいた。こっちを見ながら、三人で微笑んでいる。
「……平山さん……か」
 話している相手は、平山夫妻だった。このシェルターで唯一、子供のいない家庭…。
 二人は、学校から最も離れた家に住んでいて、滅多にここには来ない。学校は二人にとって、二年前の傷を抉るような思いになるから。
「…どうして、平山さんがここに来てるんだろう…」
 零音すら忘れられない、深い傷がこの学校には残っているのに。


「零音。明日になったら、クイズをして遊ぼう。今日はだめだよ、もう遅いから」
 彼はそう言って、手を振る。零音もまた、手を振る。別れの挨拶に。
「ああ。また明日な。クイズなんて出したことないのに、そんなこと言い出すなんて珍しいな。楽しみにしてるぜ」
 零音は背を向ける。夕日と、彼に。
「ああ。とびっきりの問題だ。でも零音になら、分かるよ……」

 今日もたくさん学び、たくさん遊んだ。そして下校時間となる。まだ二時半だが、授業が五時間しかないので、都会の子供たちより早く帰れるのだ。小、中、高一貫ということもあるが、何よりここが田舎だから。あまり多くのことを学んでも、役に立つという保証がないから。
「皆、気をつけて帰るのよ。家は近いかもしれないけど、注意は怠らないでね」
関先生の言葉を後ろ背に、全員わいわいがやがやと、廊下を歩き去っていく。関先生は、ここ一週間ほど注意するようにと呼びかけている。
「じゃあまた明日な、朝霧、水谷、皆」
零音はそう言って、雪、東と歩きだす。東の足取りはやはり重い。
「東、やっぱり調子悪いんだな…。あんまり考えすぎるなよ? 病は気から、って言うんだしさ」
本当に病人かと思えるほどの沈鬱さだったので、零音は明るく励ますが、あまり意味はなかった。何をそこまで考えているんだろうか。…それともやはり、東が極度に心配症なのだろうか。
「んー、まぁこれが普通の人なのかもね…。私たち、半信半疑だからさ…シェルター事件がここまで来るかもってこと」
雪は口元に指をつけて言う。確かに、そんな仕草をして言うくらいの受け止め方なのだろう。
「まぁ、そうだな。…どうしても遠い場所の事件に思うからなぁ、ここに住んでると。なんたって、人口数十人なんだからな」
零音がそう言って、このシェルターに住んでいる人を指折り数えてみる。
まず、当初からいたのは、芹沢家、東家、河井家、舞宮家、木戸家だ。それぞれが三人ずつで、十五人。
それから九年前に学校が建設され、関先生が来る。そして、…平山家も。これで十八人。…彼はもういないから。
その一年後、白井家、水谷家、朝霧家がやってきた。水谷家と朝霧家は、学校の運営に必要とされたからなのだろう。
合計すると、二十七人。政府から来ている警察の、田丸さんを合わせても二十八人しかこのシェルターにはいない。零音は、改めて頷いた。
「…思えば、三十人もいないんだな…このシェルターには。…こんな村に事件の手が及ぶなんて、…思えないなぁ……」
零音が言うと、雪も賛同する。
「だよね。私もそんな風に思ってる。…大人は皆、人口なんかでは決まらないって言うけどね」
大人達はずっと、事件の対策について考えている。もっとも、考えているだけで何かを実行しているわけではいのだが。そして子供達はずっと、事件が来ない平和な世界を願っている。
 果たして事件は来るのだろうか。この小さなシェルターに。それはその時が来るまで、分かりはしないけれど。
「…まぁ、あんまり考えちゃいけないな。度々言ってるけどさ。…東もそうだ。考えるからそんな風になるんだぜ? …このままでいられるさ、俺達は。何も起きない。ずっと平和だ。ずっと皆で、楽しく笑ってられるさ」
 毎日学校ではしゃいで、笑いあって。この空の下、いつまでも。
「うん。そうだね。今のままで、ずっと」
 そうして見上げた空は緑色。この世界が毒に溢れ、自分たちはこのシェルターに守られているということを、嫌でも教えてくれる。
「いつか青空、見たいね…」
零音と同じく、空を見上げた雪が言う。それは、この日本に、そしてシェルターにいる者達にしかわからない願い…。
 この世界から瘴気が消え、綺麗な青空を見ることができる日がくるのだろうか。そして、彼女の名前と同じ、雪を見ることはできるのだろうか。
 この世界に雪は降らない。雨も降らないし曇り空すらもわからない。ただ、空は緑色だった。
「見れるよ。きっと。俺達はここでずっと幸せに過ごして、いつかシェルターもなくなって。…そんな風に、きっとなる」

 そう願う。…本当は、誰もが願っている。

 しかしそれは、叶うことのない願い…。

 

 土曜の晴れた日の朝。誰も来るはずのない学校に、零音は向かっていた。彼からのクイズの出題を聞くために。待ち合わせ場所のグラウンドには、既に彼が寝転がっていた。
 朝からひなたぼっこをしているのだろうか? 零音は思う。仰向けに寝ている彼を見れば、誰もがそう思うかもしれない。
 零音は走る。どんな問題を出してくるのか、期待しながら。そんなことしか考えられないほど、その頃は純白だった。
「優………、…?」
グラウンドには普通は転がっていないだろう、大きな石が目に付いた。こんな石があれば、関先生が、校舎裏の林にどけているはずなのに。
 そして見た。零音にとって決して忘れえぬ光景を。まるで夢のような、あまりにも奇妙で、おぞましい光景を。
「ゆ、…優磨! 優磨…! しっかりしろ、おい!」
彼の体を揺らしても、その目が開くことはない。やがて彼の頭から、赤い液体が、流れ出る…。
「な…んでだよ…。しっかり、しろよ…優磨…」
零音はなおも呼びかける。答えが返ってくるのではないか、ただそれだけを信じて。
 血は無常にも流れ落ちる。止まらない、手で押さえようとしても、割れた頭の感触に悶えるだけ…。
「どうして……こんな…」
 零音には分からなかった。どうして彼が、こんな風に今、倒れているのか。…ただ、クイズを聞きにきただけだ。だから、彼もまた出題者として、ここにいて、笑っているはずだった。
「…ご…めん……」
一言だけ、消え入るような声が聞こえる。それは、彼の口から発せられた、…最後の、懺悔の言葉…。
 それ以上、彼は何も言わなかった。ただその手には、一枚の紙切れが握られていて。
 それが彼の出題だった。零音に届くようにと遺した、暗号だった。


 優磨は確かに俺達の仲間だった。
それを忘れることはない。
そして忘れてはいけない。
優磨は、何かを謝っていたんだということを――…
 

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Battle Field――近未来系ミステリ。毒から身を守るために作られたシェルターの中で生きる人々。そんな世界の小さな村で、幼い彼らの元へ訪れる災厄。王道(?)のフーダニットです。
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――異色ミステリ。その日は幸せな一日だったのか。主人公、叶田友彦は、自らに問う。
双極の匣
現在執筆中。四部編成の長編ミステリ。平和だと信じて疑わなかった村の、秘められた闇とは。
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