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僕は、野島と一緒に逃げることにした。彼女は足が速い。足手まといになんかなる筈もないし、もしなるならそれは僕の方かもしれないくらいだ。美鳥川の川沿いを、僕らは走る。とにかくここを直進して、状況に応じて次の橋を渡るか、少し戻るかどうか決めるつもりだ。
「天地くん、大変だね」
「はは、そうだね。一人を捕まえるまでがすごく長いと思うよ」
「まあ、叶田くんが鬼にならなくて良かったよ。誕生日なのに損な役になっちゃうと、悪いから」
「そ、そういえばそうだね。確かに良かったよ……」
野島が笑う。確かに、誕生日に鬼ごっこの鬼になって、皆をひたすら追いかけ回すというのは不運な気がする。しかし、こうして逃げ回っているのもどうかとは思うが。
……でも、野島と一緒にいられるというのは、悪くないかもしれない。
「それにしても……」
「ん?」
「何か、誰も追っては来てないみたいだけどさ」
野島の声には、少し不信感があった。何が気になるのだろう。
「後をつけられてる気がするなあ」
「ええ。それなら怖いね。天地がそんな技術を持ってるとしたら、いつ来られるか……」
僕は苦笑いしながら、後ろを振り返り、しばらく凝視した。美しく澄み、光を反射している川、生い茂った草木、その死角に誰かいるのかとよく観察してみるが、どうにも見つけられない。
「僕は大丈夫だと思うなあ。行こう」
「そ、そうだね。いざとなれば逃げればいいし」
「うん、そうだよ」
頷き、僕らはまた走り出す。
そして三分もすると、十字路が見えてきた。左は橋、右は吉川病院だ。直進すれば、隣町まで行ってしまう。当然曲がるなら左の橋だ。しかし、天地がそちら側にいるのなら、渡らず戻るべき……。
「ううん、こうしようか。私は行くから、叶田くんはこっちを戻るって」
「それはいいけど……一人で大丈夫?」
「叶田くんに言われたくないよ、ふふ。二人でいるとどっちも鬼になっちゃうかもだし、別れた方が、ね」
「ちぇ。僕は一緒が良かったんだけどね」
柄にもなく、少し拗ねてみる。野島は茶化しながらも、少し頬を赤らめていた。僕もそれを見て、顔が火照るのを感じた。
「じゃ、じゃあ」
「うん。まあ、天地くんに会っちゃったら大声あげるわ。そしたらどっちが安全だったか分かるしね」
「はは、そうだね。……じゃあ頑張って」
「うん」
僕は野島の手を握った。そしてその手を解くと、互いに違う道を歩き出す。僕は野島の姿が見えなくなるまで、彼女よりもゆっくりと歩き続けた。
……しばらくして、後ろから声がしたのを聞いた。女の子の声だ。でも、野島ではなかった。多分、三ツ越の声だ。鬼になってしまったかな? 僕は気になって、声のする方向へと駆けだした。
するとすぐ、あの十字路で三ツ越が天地に追いつめられているのを見た。助けようと一瞬だけ思ったのだけど、もう二人の距離は三メートルもない。……ごめんよ、三ツ越。もう駄目だ。天地は三ツ越の肩を叩いてしまった。
「ああ、逃げ切れませんね、やっぱり」
「俺だって、足は速いんだよ? はは」
尻餅を付いてしまった三ツ越に手を差し伸べ、優しく起こす天地は、紳士に見えた。そんなタイプではないのだけど。
などと思っていると、天地はこちらを振り向いた。まずい、見つかってしまった。とっさに僕は逃げ出そうとしたが、こういう時に限って身体が中々動かない。
「三ツ越、叶田だよ!」
「捕まえましょっか」
さっきまで敵だった二人が協力して、僕を追っかけてきた。状況が大逆転だ。……のんびり見てた僕が悪いんだな。僕は少し後悔した。
「えいつ!」
天地の手が伸びて、僕の背中に触れる。これで僕も鬼となってしまった。何だか、野島に申し訳ない。
「鬼が増えれば、後は楽勝さ」
「残念でしたね、叶田くん」
「うー。いいコンビだね、二人は。……参ったよ」
ひとしきり三人で笑い合った。鬼ごっこは、敵だった者同士がこうやって仲間に変わると、すぐに笑い合い、協力しあえるというのも面白い。僕らは残りのメンバーを全員、頑張って捕まえようと誓って、元気よく走り出した。
*
……三十分後。僕らは長い長い鬼ごっこを終えて、またあの美鳥川の土手で、笑い合っていた。最後まで逃げ切ったのは野島だったが、その野島も僕が何とか追いつめた。本当に長く続いた鬼ごっこだった。よく気力が保てたなあ、と自分自身驚いている。
「金賞は、叶田じゃなく野島だな」
なんて佐倉が言う。確かに逃げる方での活躍は出来なかったけど、野島を捕まえたのは僕なんだから、せめて銀賞はほしいものだ。
「それにしても、今日はよく走った」
「だねえ」
「誕生日に走り回ってはしゃぐって、中々ないパーティだよ、本当」
「いいじゃないか。都会では違うかもしれないけど、これが俺達の楽しみ方だよ」
茂木にそう言われては、納得するしかない。まあ、不思議と気持ちが高揚して、悪くは無かった。……とても楽しい、誕生日会だった。
「……ありがとね、皆」
「いや、お礼はこっちも言わないと。こうして皆で楽しめたんだからさ」
僕の言葉にそう返したのは、佐倉だった。……嬉しいこと言ってくれる。僕には、こんな素敵な仲間がいるんだ。
「……今日は本当にありがとう、皆。最高に疲れちゃったけど、……最高の誕生日会だったよ」
「どういたしまして」
「また、違う誕生日会でもね?」
「ふふ、そうですね」
心地よい、ひとときだった。
このまま、この時間が終わらなければいいのに。
「その日は、幸せな一日でした」
……そう、幸せな……。
「ねえ、皆――」
僕の言葉が、言い終わる前に。
世界は崩壊を始めた。
美しい川には亀裂が入り、それは猛烈な速度で世界全てに広がっていく。時は止まり、彼ら彼女らは、笑顔のままで、砕け散った。
楽しかった一日。そう、僕は楽しかったんだ。それでいい。それでいい、筈なのに。
僕はどうして今、こんなにも悲しいんだろう? どうしてこの目から、涙が止まらないんだろう……?
「…その日は、幸せ、な…?」
違うんだ。……全て、違うんだ。
そう――
そして、僕は目を覚ました。
Memory Modification
――異色ミステリ。その日は幸せな一日だったのか。主人公、叶田友彦は、自らに問う。
双極の匣
現在執筆中。四部編成の長編ミステリ。平和だと信じて疑わなかった村の、秘められた闇とは。
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