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目覚めることが嫌ならば、
目覚めることをしなければいい。
それでももし真実を見たいなら、
夢を壊して見に行くといい。
……手に、感覚が戻って来た。瞼が開く。まだぼんやりとしか見ることができなかったが、どうやらここが自分の家ではないということは分かった。
白い壁、緑色のカーテン、白い掛け布団、果物の入ったバスケット。……カーテンは周りを囲むように吊るされている。……もしかして、ここは……。
何度もまばたきをして、ようやく視力を取り戻す。そして、ふと腕を見た。そこにも白いものが巻かれてある。……これは、包帯……。
両手には、肘の辺りまで包帯が巻かれていた。一部分が赤く滲んでいる為、この下には深い傷があるであろうことが分かり、身震いした。……僕は何故、こんな傷を? だって、あの日は楽しい、一日だった……。
――そうだったのだろうか?
……こうしてベッドの上で寝ている僕に、それを信じることは困難となっていた。
僕は、力を振り絞って起きあがる。何日も起きあがっていないようだ。筋肉が痛む。それでも何とか上体を起こすと、僕は溜め息を吐いた。
――どうなっているんだろう……。
「……おや」
その時、男性の声が聞こえた。カーテンの向こう側から、こちらの様子を伺っていたらしい。僕が身体を起こしたので、気がついたのだろう。
ゆっくりとカーテンが開かれる。そこには、痩せ気味の中年男性の姿があった。
「……気がついたかい、叶田友彦くん」
穏やかな声で、その男性は僕の名前を呼んだ。眼鏡を掛け、服は白衣だ。一目でこの男性が医者であることが分かった。
「ここは病院だよ、分かるかい?」
「……ええ」
頭痛が消えない。頭の奥から、息が詰まりそうなくらの鈍痛がする。
「まだ、どこか痛むかい?」
「少し、頭が」
すると、その男性は、後頭部に手を回し、何か異常がないかと確かめた。
「大丈夫、問題は無いよ。検査でも何も異常は出なかったしね」
……その声、顔、それらがようやく、記憶の中の男性と一致する。そうだ、この人は吉川徹朗。吉川病院の医者だ。
「……あの、……僕は」
「……君はね」
吉川先生は、僕の言葉を遮るように口を開いた。あんまり喋らない方がいい、というような表情だ。
「……君は、ある事件に巻き込まれたんだ。景楽町で一週間前に起きた、ある事件にね。そして腕に怪我を負い、この病院へ運び込まれた……」
となれば、僕は一週間以上も眠っていたことになる。その間、ずっと、……夢を見ていたのか。あの、幸福な夢を。
「一週間前は、……何月、何日ですか?」
「……」
僕の声が震えているのに気付いた吉川先生は、そっと近づいてきて、手を握ってくれた。
「……事件が起きたのは、五月、十二日だ」
「……え……」
「……君の誕生日だったそうだね。……可哀想に」
ああ、やはりそうなのだ。僕は、ただ夢を見ていたにすぎないのだ。
それが何故なのかも分かる。その日を幸福に満たそうと、記憶が書きかえられた訳も。
「……誰か、他に生きている友達は、……いないんですか……?」
「…………君だけが、生き残ったんだよ」
その言葉は、残酷だった。……溢れてくる涙が、止められない。……僕の大切な仲間は皆、何者かの手によって殺され、生きているのは、たった一人、僕だけ……。
「悲惨な事件だったよ。何故か君に近しい子だけが狙われ、殺された。犯人は、誰なのか。何も分からない事件だ。……その中で生き残った君だけが、唯一の希望らしいんだけど……」
吉川先生は、ちらりと部屋の出口を見る。磨りガラスの嵌めこまれた扉で、向こうに人影が映っていた。今の先生の言葉からして、……警察でもいるのだろうか。
しかし……。
「先生。僕、何も覚えていないんです。思い出そうとしても、どうしてか、あの日は幸せな一日だったってことになって、皆で笑い合ってる、そんな光景しか浮かんでこないんです……。……何で現実は、そうじゃないんですか? 何で事件なんて、起きたんですか? どうして、僕は、……」
優しく、甘い夢。目覚めなければ良かったのに。僕はそう思わずにはいられない。どうしてなんだろう。どうして、目が覚めた後に悪夢が訪れるのか……。
「……そうか。君の脳は、君自身の心を守ろうとしたんだね。……辛い事件だったろう。でも、君は生き残ったんだ。……死んじゃいない。だから、それは喜ぶべきことなんだよ」
そんなことは、分かっている。だけど、信じられない。記憶の中では、幸せそうに笑い合っている仲間が、皆。……誰かに殺されただなんて……。
「……まだ混乱しているだろうけど、気持ちの整理をつけて欲しい。悲しい事件だったということは分かってる。だけど、解決を願う人がいるんだ。……君も、そうだろう」
「……解決……」
これは事件だ。僕の仲間、野島が、佐倉が、波田が、天地が、茂木が、三ツ越が。……誰かに殺されたという、事件。ならば、犯人がいる。彼らを殺した犯人がいる。僕は、そいつが許せない……。そうだ、この事件は、解決されなくてはならない。
「……だから、警察が来ているんですね」
「そういうことだ。……目が覚めたら、聴取を行うことになっている。……大丈夫かい?」
気持ちの整理は付かなかったが、怒りが湧きあがって来た。誰かも分からない犯人を捕まえ、凝らしめたいという負の意思であったが、それでも十分だった。僕は先生の言葉に頷き、警官を通してもらった。
Memory Modification
――異色ミステリ。その日は幸せな一日だったのか。主人公、叶田友彦は、自らに問う。
双極の匣
現在執筆中。四部編成の長編ミステリ。平和だと信じて疑わなかった村の、秘められた闇とは。
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