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自作の小説等を置いていったり、読了した本の感想をほんの少し書いたりしていきます。
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二章、ひび割れた現実・・・其の二


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「こんにちは、叶田くん」
 こちらも中年男性で、吉川先生よりも強面な印象の警官が現れる。背が高く、いかにも刑事、という感じがする。靴底を擦り減らし、事件解決に奔走するようなタイプに見えた。
「こんにちは……」
「神田武明(かんだたけあき)だ。覚えておいてくれ。……痛ましい事件だったな。まさか茂木考助が殺されるとは」
「え? 茂木と知り合いなんですか?」
「ああ。以前とある事故でな。細かいことは言わんが、時たまに情報交換をしていた。……意外だったよ。あいつまで死んじまうとはな」
 意外だったのは、こちらも同じだ。この刑事が、茂木と知り合いだったとは。しかも、何か茂木が僕達に隠していたらしいことを知っているようだった。
「とにかく今は、景楽町児童連続殺傷事件の方だな。長いだろ。こんな名前が付いてんだぜ。……他の子供達は皆刺されて死んじまった。……良かったな、叶田くん。無事で」
「……良くは、無いです」
「……すまん。つい口が滑っちまう。……事件について話した方がいいな」
 僕は無言で頷いた。どうやら、彼と僕は性格が合わないようだ。
「事件は、五月十二日に起きた。その日は吉川先生が季節性の病気に関する講義みたいなのを開いてたり、町で何かの行事があったりとで、大人が大勢出払っていたようだな。そんな日に事件が起きたというのは、計画性が感じ取れる。犯人はこの町の住人であることは、恐らく間違いないだろう。被害者は六人。野島咲紀、佐倉満、波田歩実、天地光流、茂木考助、三ツ越嘉代子。全員が刺殺だった」
 そこで神田は言葉を切り、吉川先生に何かを持ってくるように促す。一度出ていった吉川先生が戻って来ると、手には何か、銀色の物を持っていた。
「……分かるか、これが」
「凶器……です、か?」
「ああ。これが凶器……。この病院の、メスだ」
「え……?」
 吉川が、サイドテーブルにそれを置いた。確かに、メスだ。……こんなものが、何故凶器になったのだろう?
「これのせいで、私も疑われました。いや、神田は誰にでも疑いを向ける」
「当然だ、吉川。容疑は平等にかけなきゃならねえ」
 二人は互いの名を、呼び捨てにした。僕が不思議そうにしていると、吉川先生はその理由を教えてくれた。
「私と神田は、昔からの友人なんですよ。同級生なんです」
「は、はあ……」
「……それはいい。問題は、このメスに付いた指紋だ」
 神田は、面倒臭そうに言うと、メスを指さした。
「このメスにはな。七人の指紋が付いてたんだよ。その七人とは、被害者全員の指紋だ」
「な、何ですって……?」
 被害者七人の指紋とは、つまり。死んだ六人ともう一人、……僕の指紋も付いているということ……?
「そう。叶田くんの指紋も含めて七人分。このメスには、七人が触った形跡があるってことだ。これは一体どういうことか。……分かるか、叶田くん」
「そ、それは……」
 そんな馬鹿な。そう言って笑えたらいいのに。しかし、神田は真剣な表情でこちらを見つめている。悪い冗談などではないのだ。
「……七人の内、誰かが、……犯人かもしれないと?」
「……そういうことだ」
 沈黙が部屋を満たした。あまりに残酷な仮説だ。あの夢から目を覚ましたばかりの僕にとって、そんな話は……。
「……記憶が、飛んでいるのか?」
「……そうらしいです」
「ふむ。……それも仕方ないかもしれないな。だが、君が思い出さねば事件の真相も、君が無実であることも分からない。だから、少しずつでいい。これからあの、五月十二日の記憶を。……取り戻していってほしい」
 僕は、しばらく答えられなかった。それが如何に難しいか、分かるからだ。僕はあの日の記憶を、自ら消し去った。それは、その真実があまりにも辛く、僕の心が壊れてしまうかもしれないようなものだからに違いない。……なら、それを取り戻すことはつまり、自分の心を壊すということではないか? 自ら破滅に向かう、それでしか、答えを知ることはできない……。
「……努力は、します。でも、僕には耐えきれないかもしれない。……その時は、ごめんなさい」
「……いや、構わない。その時は、君の無実は出来るだけ証明できるようにしよう」
「ありがとうございます」
 神田は唇を歪ませる。悲しみに暮れている僕に、事情を伺うのが、やはり辛いのだろう。しかし、それが彼の仕事だった。……だから、これから出来るだけ、答えられることは答えなければ。
「……今日の所は失礼しよう。次に会う時は、君が退院してからだ。吉川、この子はもう退院できるんだったな?」
「ええ。もう一度検査をして、異常が無ければ退院です。腕の傷は一週間もあれば治るでしょう」
「分かった。じゃあこれで」
 軽く頭を下げると、神田は部屋を立ち去った。住所を教えようと、呼びかけようとしたのだが、彼は警察だ。僕の家の住所なんて、知っていて当然だった。
「……さて」
 机の上に置かれたメスをポケットに収めてから、吉川先生は僕の近くに寄って来た。
「目が覚めたばかりだろうから、もう少し休むといい。明日、最終的な検査をして、どこにも異常が無かったら退院だ。分かったね?」
「はい、分かりました」
「よし。じゃあ、今日はゆっくりしなさい。……全て、それから考えてもいいんだ」
 ……全て。僕がこれからどうするべきなのか。それはそう、時間をかけて考えるべきなのかもしれない。
 しかし、事件を解決したいという気持ちもある。そして、真実を知りたくないという気持ちも。半分ずつでどっちも選べない、という例はよくあるが、まさにそんな感じだった。
「……僕は……」
 いずれにせよ、僕はこの不幸から、逃れられない。
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――異色ミステリ。その日は幸せな一日だったのか。主人公、叶田友彦は、自らに問う。
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