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誰が何を思ったか、
誰が何を行ったか、
全て霧の中にあれど、
それを暴かなければならない。
天地光流。僕の記憶の中から浮かび上がって来たのは、彼が犯人であることを伺わせる光景。血の付いたメスを握り、死んだ三ツ越を見下ろす、天地の姿……。
僕もまたそうして三ツ越を見下ろしていたところに、茂木と野島がやってきたので、天地の場合もそうだったのかもしれない。三ツ越の死体を見つけ、近くにメスが落ちているのに気付いて、呆然と立ち尽くしていただけなのかもしれない。その時に、タイミング悪く僕に見つかってしまい、驚いて逃げてしまっただけなのかも……。
僕以外はもう既に死んでしまっているから、聞くことは出来ない。疑えても、詰問が出来ない捜査なんて、どれ程不安定なものだろうか。全ては霧の中。僕はただ、自分の記憶の中だけから、その日の彼らの行動を推理しなくてはならない……。
「……ここでの光景は、これで多分、全部だと思うから、……だとすると」
現時点で一番怪しいのは、やはり天地となる。
まだ黒だと決まったわけではないが、捜査の方針は定まった。これからは、天地について重点的に調べていくべきだろう。彼が当日、どのような行動をとったのか。思えば、サッカーボールの件もある。波田が殺された時刻付近に、土手から移動していたのは、天地以外にはいないのだから。
「……けど、天地が犯人なら、どうして自分の好きな三ツ越を、殺してしまったんだろうか……」
何かやむを得ぬ事情があったのだろうか。三ツ越を殺さなければならない程に重い事情が。……そして、他の全員も。
彼がその事情を持っているなら、それはきっと一つだけだ。
「……弟の、悟か」
天地悟。彼は今、吉川医院に入院していると聞いた。病名は知らないが、治る可能性の低い難病だという。天地光流は、弟のその病を、治せるかもしれないと母親に零していたらしい。……それが、何か関わっている確率は高い。事件の前にそんなことを口走っていたのなら、疑うには十分だ。
治る可能性としては、以前も考えたが、吉川先生が何か方法を見つけたか、大病院に診てもらえるようになったかという、この二つが挙げられる。前者にしろ後者にしろ、かなりの大金が必要になってくる筈だ。天地の家は、こう言っては悪いが貧しいので、金の工面が出来るかどうかは全く分からない。
……金。金さえあれば、ひょっとすると悟を救える。そう、救う方法がそれだけなら、必要になるのは金だ。そして、この町で一番金を持っているのは、当然あの、三ツ越家ではないか。
「そうなのかな……? 天地はその為に、三ツ越に迫り、遂には殺してしまったのかな……?」
ほぼ当て推量だったが、今までの情報を元に考えたら、それが一番真実味があると思えた。三ツ越と天地を結び付けるもの。それは、天地悟の治療費……。
「少しずつ、掴めてきた気がする。……良し、行こう」
僕は、十字路を曲がり、吉川医院を目指す事にした。
*
吉川医院は、今日もお年寄りやマスクをした子供などで賑わっていた。いや、賑わっていた、というのは表現がおかしいかもしれないが。僕は、椅子に座っているそれらの人達を通り過ぎて、受付の看護師に話しかけた。
「すいません、吉川先生にお会いできますか?」
「診察ですか?」
「いえ、お話したいことがあって。この前の事件でお世話になった、叶田だと言えば分かると思います」
「……ああ、あの時の。ちょっと待っててね」
看護師は、幾つかの名前を紙に記入してから、早足で奥に引っ込んだ。そして、戻って来ると、
「大丈夫だそうよ。でも、今は人が多いから、もう少しだけ待っててくれる?」
「はい。ここで待ってます」
「分かったわ。じゃあ、他の人と同じように、時間が出来たら呼ぶから」
「分かりました」
これだけ盛況では、先生が時間を作れないのも無理はない。仕方がないので僕は、空いている椅子を見つけてそこに座りこんだ。どれくらい待てばいいのだろうか。診察に来ている人の数を数えてみると、どうやら十数人くらいいるようだった。……二時間は待つかもしれない。
「あら、叶田くん」
目を閉じて休もうとした途端、名前が呼ばれた。誰だろうかと振り返ると、そこには谷さんがいた。
「ど、どうも」
「今日は何しに来たの? もう頭は大丈夫そうだし」
「ええ、ちょっと吉川先生に聞きたいことがあっただけです」
「そうなの?」
谷さんは、カルテのような物を脇に挟んでいた。彼女もそれなりに忙しいようだ。
「天地悟くんの様子とか、そんなことですよ」
「天地……悟くん……」
その名前を聞くと、谷さんの表情が少し曇った気がした。
「あ、あの、お仕事忙しいでしょうから……」
僕が言うと、彼女は、
「叶田くん、悟くんの様子が知りたいの……?」
と、急に真面目な顔で聞いてきた。
その顔は、まるで悟くんの病状が思わしくないとでも言うかのようで、僕はだんだんと緊張してくるのが分かった。……悟くんの病気は、まさかもう……。
「……安心して、悟くんの病状は、今の所安定してるわ。ただ……」
「ただ?」
「……本当は、もっと大きな病院で診なければ、治らないでしょうね」
「……やっぱり……」
なら、先程の仮説は信憑性を増してきたということだ。大きな病院で無ければ治らないことを知り、三ツ越に、金の工面をしてくれるように頼みこんだ。それが断られ、どうしようもなくなって……。殺人の件に関しては弱いが、天地が金に困っており、三ツ越に目をつけていた、という所までは極めて事実に近いだろうと僕には思えた。
「……先生だって……」
「ん? 何です?」
「あ、いえ、何でもないの。じゃあ、私もう行くわ」
谷さんはそう言うと、そそくさと立ち去ってしまった。最後の思わせぶりな一言は、一体何だったのだろう。先生だって……。
「救いたいって思ってる……そういうことかな」
僕は再び目を閉じながら、そう呟いた。
Memory Modification
――異色ミステリ。その日は幸せな一日だったのか。主人公、叶田友彦は、自らに問う。
双極の匣
現在執筆中。四部編成の長編ミステリ。平和だと信じて疑わなかった村の、秘められた闇とは。
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