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自作の小説等を置いていったり、読了した本の感想をほんの少し書いたりしていきます。
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五章、虚と実の光景……其の一

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 ひび割れたガラスの窓から、
 外の世界が見える。
 ガラス越しにはシルエットが。
 空洞からは僕の姿が。

 

 土曜日、僕は三ツ越の家へ向かっていた。彼女の家だけは、尋ねることができずにいたからだ。大きな三階建ての家に着き、インターホンを鳴らす。今日は三ツ越の母親が出てきてくれた。
「あら、あなたは……」
「……叶田です。三ツ越の友達の、叶田友彦……」
「……嘉代子の。そう、そうでしたか……」
「この前も尋ねたんですが、留守だったので。……すいません、彼女に挨拶させてくれませんか」
「ええ、ええ。どうぞしてあげてください。あの子も喜びます」
 他の家と同じように、三ツ越夫人もまた、僕を家の中へ招き入れてくれた。
 玄関には綺麗な置物が沢山置いてある。靴箱は大きく、中に百足以上は入っていそうだ。そんな玄関を抜け、廊下を進み、僕は応接間へ案内された。
「座ってください。飲み物を持ってきますから」
 夫人はそれだけ言うと、そそくさと立ち去った。……ここには三ツ越の仏壇はない。まずは話を、ということか。
 この応接間をざっと見渡すだけでも、経済力の違いを思い知らされる。机と椅子は美しい木目が入っていて、下のカーペットは柔らかく、不思議な幾何学模様が描かれている。大きな本棚には難しそうな本がぎっしり詰まっているし、ガラスケースの中にはいくつか金色のトロフィーが収められていた。
 しばらくこの、自分の家とあまりにも違う部屋に見とれていると、夫人が湯飲みを乗せたお盆を持って戻ってくる。湯飲みを僕に差し出して、夫人は反対側に座った。
「私たちは仕事が忙しくて、あの子の学校でのことにはあんまりかまえないでいたのだけど。……こうなってしまうなら、もっと、あの子の学校生活を、知っておくべきだったと思うわ。もう何も、聞けないなんて……」
 三ツ越の両親は、共に同じ会社で働いているらしい。地位が高く、その分仕事を休みにくい。だから、娘と話したりする機会があまりなかったという。
 僕を応接間に通したのは、その話を少しだけでも聞きたいと思ったからなのだろうか。僕は勝手に推測して、夫人に話してあげた。……それは、満更外れというわけでもなかったらしい。彼女の話を聞くにつれ、夫人の目には涙が溜まっていった。
「……ありがとうございます。……駄目な親ですよね。娘がどんな学校生活をしていたか。それを生きているうちに知ることができないで。娘が死んだ後になって、友人のあなたからそれを聞いて、初めて知るなんて……」
 仕方のないことだと慰めるわけにはいかなかった。彼らに、まったく時間が無かったということなど、ないに違いないのだから。僅かでも時間を見つけて、団らんの時を作ることはできた筈なのだから。
 僕は 無言で俯いていた。夫人の懺悔に対して僕には、何も言うべき言葉がなかった。
「……す、すいません。こんな話をしてしまって。叶田くん、ありがとうございました。そろそろ、嘉代子のところへ行きましょう……」
 僕が頷くと、夫人は立ち上がった。お茶には結局手を付けなかったが、片付けることもなく、僕らは部屋を移動した。
 廊下に出、階段を上って二階へ。そこには大きな和室があった。仏壇はやはり、和室に置かれるものなのだろうか。僕はぼんやりとそんなことを思う。
「……嘉代子。叶田くんよ」
 仏壇もまた、豪奢なものだった。黒と金色のコントラストが、とても綺麗で、眩しいくらいだ。
 僕はその大きく眩しい仏壇と対峙する。……何故だか、生きている僕のほうが惨めに感じられた。どうして僕だけ……。思ってはいけない考えが浮かぶ。
「三ツ越……」
 いつも引っ込み思案で、常に一歩後ろにいた君。でも、皆のことをしっかりと考えてくれていた君。その君を、他の皆を奪ってしまった犯人。
 それについて、君は何かを知ってはいなかっただろうか――?

 ――叶田くん……!

「……!?」
 また、頭痛が僕を襲った。それも、前の時よりも痛む。鼻の奥がツンとして、目の奥が痛んで、押さえた手を放すことが出来なかった。
「叶田くん……?」
 三ツ越夫人が、僕の体を支えてくれた。あまりの痛みに、自分で自分の体を支えることもできなくなっていた。

 ――お前……。

 さっきのは、野島の声か。そして今のは、茂木の声。二つの声が、僕の頭の中に響き渡った。……この記憶は、何の記憶なんだろうか……。
「だ、大丈夫……?」
「……ええ。その、……記憶が抜けてしまってるんですけど、何かを思い出すと痛むんです。……きっと、酷い記憶なんですよね……」
「……そう、なの……」
 少しずつ頭痛が引いてきたので、僕は夫人から離れた。夫人は心配そうに僕を見ていたが、僕は無理に笑顔を浮かべて大丈夫だと言った。
「……でも、なんで三ツ越の家で……」
 僕は呟く。何か、事件に関する重要な手がかりな気はする。三ツ越と僕との間に、あの日何かがあったのか……。
「ええと、それじゃあそろそろ帰ります。ありがとうございました、三ツ越さん」
「いえ。こちらこそ、ありがとうございます。どうか、叶田くんは元気でいてください。貴方だけしか、もういないのだから……」
 分かっている。その事実は、痛いくらいに分かっている。
 だからこそ、僕は辛いのだ……。

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――異色ミステリ。その日は幸せな一日だったのか。主人公、叶田友彦は、自らに問う。
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