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自作の小説等を置いていったり、読了した本の感想をほんの少し書いたりしていきます。
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七章 真犯人の影……其の二

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 家に帰ってすぐ、玄関先に知らない靴が一足あることに気づいて、僕は驚いた。大人が履くような革靴だ。革が所々擦り切れている。
 僕が知り合った中で、こういうものを履いている人物といえば、一人しか思い浮かばなかった。……神田だ。
 何の用かは分からないが、彼が訪ねてきているということは、事件に関係したことなのだろう。僕にとっても、彼と事件について話せるのは好都合だ。急いで靴を脱いで、僕は家に上がった。
「あ、友彦。お客さんよ」
 母さんの声が、台所の方から聞こえた。湯を沸かす音も聞こえる。お茶を出すところなのだろう。
「うん、分かってる。今行くから」
 僕は返事をしながら、自分の部屋へと急いだ。そこには想像に違わず、仏頂面の神田の顔があった。あぐらをかいて、部屋の中央にどっかりと座りこんでいる。
「神田さん、どうも」
 神田は僕に気づくと、
「おう、待ってたよ」
 と、直ぐに笑顔を見せた。
「今日はどうしたんですか、わざわざ家まで……」
「ああ、それなんだがな。現状報告、といった感じだ。今のところ分かった情報を話し合って、それで進展しねえかと思ったんだよ。どうもこっちの捜査にも限度があるみたいでな。この事件だけに時間を割くわけにもいかねえし」
 それはそうだ。警察は日々多くの事件と対峙している。この事件だけに多くの時間を費やすことは出来ないのだろう。計六人もの子供が殺されたとはいえ、他にも殺人事件はいくつも起きているのだから。
 力及ばぬ、といった様子の、少しだけ陰った神田の顔を見るのが辛い。
「神田さんのせいじゃないですよ。……それより、話し合いを始めましょう。今は責任の所在なんか気にする時じゃない」
「……叶田。…………ありがとよ」
 顔は伏せられたままだったが、その言葉には確かに感謝の意が込められていた。僕は、見えていないにも関わらず、笑顔を浮かべた。
 丁度母さんが、お茶を盆に載せて部屋に入ってくる。そして湯気の立つ湯のみを僕と神田の前に置き、静かに出て行った。
 温かいお茶を一口啜って、神田はゆっくりと話し始める。
「……じゃあ、俺の所の調べで分かったことを話すぜ。といっても、ほぼ進展はないんだが。まず、事件の容疑者についてだが、これはかなり大部分が削られた。吉川の奴が講座を開いてたんで、ここの近辺の人間は殆ど出払ってたんだな。どうやら、君の両親もそうだったらしい。早い時間に夕食の準備をして、講座を見に出かけたとか」
 そういえば、まだ昼だというのに、あの日母さんは夕食の準備をしていた気がする。なるほど、あれは講座を受けにいくからだったのか。
「人望が厚いみたいだな、あいつは」
 神田がそう呟いた。その言葉に僕は、少し痛ましさを感じた。
「ま、結論を言えば、だ。容疑者の中にこの近辺の人物が関わっている可能性は低い、と。だから、当事者である誰かが犯人という可能性がより一層強くなったわけだ。死亡した六人の中の誰かが、な」
「そうですか……」
 僕は一つ頷く。
「もう一つ、メスの件がある。こちらは結局、特定には至らなかったんだが」
 メス。僕が気になっている話題になった。神田は少しだけ間を置いて、再び口を開く。
「指紋が付いていたことを頼りに、犯人の特定をしようと試みたんだ。血なんかで指紋は不鮮明だったんだがな。……一番上についている指紋の奴が、一連の事件の犯人なんじゃないかと思ったんだよ」
「そうか。事件以降誰も触っていないなら、犯人が最後に凶器に触れていた可能性はとても高いですからね」
「ああ。だが、どうも分からなかった。もっとはっきりしてれば良かったんだが、それを望むのは無理だよな」
 もう一度お茶を啜って、神田はため息交じりにそう言った。
「……こんなとこだ、俺の話は」
 彼は居心地悪そうに、足を組み替える。
「容疑者が僕ら七人の中にいる可能性が高まったことと、メスによる犯人特定を試みたこと、ですか」
「そうだ」
 メスによる犯人特定。僕もそれに関しては、一つの意見を持っている。
「……神田さん。犯人の条件に関してなんですが」
「条件?」
「ええ。犯人の条件は、メスに指紋が残っていること、事件に何等かの接点があること。大体この二点で考えてますよね? でも、それは絶対条件じゃない。……僕、さっき天地の家に行って、お母さんに話を聞いてきたんです。その話で、僕は一つ、可能性を取りこぼしてることに気づいたんですよ……」
「可能性だと? 何だそれは……?」
 思わず前のめりになって、神田はそう聞いてきた。
「……その可能性は、こうです。……犯人が、指紋を残していないという可能性ですよ。つまり、殺された六人と僕以外に犯人がいるということです。……メスが盗み出されたのは、吉川医院でしたよね。でも、メスが盗み出されるなんてこと、実際のところあり得るんでしょうか」
「……お前、もしかして……」
「ええ。……僕が容疑者としてあげたいのは、吉川医院の関係者です。メスは盗み出されたということになっていますが、実はそうでなかったらどうでしょう。つまり、メスは盗み出されてなどいなくて、病院内の全員で嘘を付いている。そして病院内の誰かが僕らを襲い、倒れたところに僕らの指紋を付けた……。これなら、状況には矛盾しなくなる。それに、可能性も比較的高いと思います」
「……なるほどな」
 しばしの沈黙の後、神田は低い声でそう言った。いつのまにかお茶は冷めてしまっていたが。気にも留めず彼はそれを飲んでから、低い声のまま、
「……吉川医院、か。確かに、そうかもしれねえ。……馬鹿だな、俺は。あいつの近辺を容疑者の輪から外しちまうなんて。誰でも疑うって言ってたのによ。……昔のよしみでか? もしそうだとしたら、最悪だな……」
「仕方ありませんよ、まさかあの人が容疑者だとは、僕も思ってませんでしたから。あんなに優しそうな人が、事件にかかわっているだなんて、だれもきっと思わない……」
 あの話を知るまでは、まるで疑わなかった。吉川先生のことなど、まったく。……でも、悟くんを治すことのできる、天地の協力者など、極端に限られているのだ。
「調べてみてくれませんか? 何か、分かるかもしれませんから」
「……そうしよう。これで何か出てきたら、ショックで言葉も出ねえぜ。ま、一日か、数日くらい待っててくれ。小さい病院だ、調べればすぐに全部分かる。無実なのか、それとも何か、やましい部分をもっているのか……」
 僕らは互いに頷きあい、そしてこの日の論議は終了の運びとなった。進展はまだ無かったが、調べる方向性についてはしっかりと定まり、これから数日の内にも、何か新たな事実が判明するであろうことは予想できた。
 それが、果たしてどのようなものなのか。吉川医院がこの事件に関わっていることを、端的に示すものなのかどうか。
 もしも、あの医院が関わっていたのなら。僕は、何か巨大なものを相手にしているようで、急に恐ろしさが湧き上がってくるのを感じたのだった。
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