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―どうして私は置いて行かれたのか。この紫色の世界に。
どうして世界は壊し続けるのか。この小さな幸せを。
どうして幸せは消えてゆくのか。あの夜の記憶の中から。
零音は、高鳴る胸を押さえ、学校へと戻ってくる。信じられるはずのない事実が積み重なって、頭がどうにかなりそうだった。
幸いにも、生徒は誰も殺害されなかったようで、全員無事に学校へと戻ってきた。親に何度も、学校が一番安全だと聞かされているので、自然とここに帰ってきたのだろう。零音も、両親の声を頭に浮かばせながらここへ戻ってきたのだ。今はもう聞くことのできない、二人の声を。
「ゲートを通って逃げられないかと思ってたのに…」
「畜生、全部先読みされてるんだ…っ」
教室の空気は最悪だった。唯一の逃げ道だと思われていた、シェルターworkのゲートが機能していない……それに水谷が気付いた。そのうえ、舞宮が電話を取ってみたところ、…どうやら回線がきれているようだった。つまりここは今や、完全に外界と切り離された『クローズドサークル』となっているのだ…。村一つが丸々隔絶されるなんて、今の時代でなければありえないことだった。…これも成長故の災難、なのだろうか…。
「…まじかよ………」
零音は小声で呟く。
関先生は、泣いている生徒を抱きしめている。河井や、雪が、目を真っ赤に腫らして先生の胸で泣きじゃくっていた。それを見ているだけで、全員が更に胸を締め付けられる…。
「…生きてるのは、…俺達だけって、ことなのか…?」
零音は朝霧に聞く。この状況を見れば、…他に生存者がいないであろうことは分かった。つまりこのシェルターにはもう、ここにいる九人しか生存者はいない…。
「…ええ。大人で生きてるのは、関先生だけのようです。…警察の田丸さんも、木戸くんの家付近で発見されました。…死んでいました」
朝霧は眼鏡を押さえながら、目を伏せる。絶望の色がうかがえた。
「信じられないよ…っ、皆、みんな…! 死、…っ、なんて…!」
雪は、零音の元に駆け寄って、その腕を握り、また泣く。…膝までついて、しゃくり上げながら、悲痛な声を漏らし続ける。
そんな雪の頭を零音は撫でる。…それが悲しみを少しでも癒してくれればいいと願いながら。
「…信じられないのは、俺も同じだ。どうなってるんだ、ここは。信じられないことだらけだぜ…まったく……」
様々な思いが、頭を駆け巡る。優しかった両親の、犯罪者という過去…。それがこのシェルターの全ての大人達に言えることなら。このシェルターは、犯罪者達のシェルターだということ…。
「関先生、…このシェルターのこと、皆、黙ってたんですね。…思えば、両親も、言わなくてもいいことだって言ってた…」
零音は思いだす。両親はあの時何と言ったか。過去は忘れるのが、この村の暗黙の了解なのかもしれない。…確かにそう言った。過去を消し去ろうとしていた。二年前のあの日のように…。
「……どこで知ったの、そのことを…。…いえ、聞かないでおくわ」
関先生は、零音の目を見て、それを聞くことがどれほどに零音の心を抉るかを理解した。その目は生気を失い、どこを見つめているのかもわからなかった。
「…皆は、知らないわよね。誰も話さなかったから。…このシェルターの。ここに住む人達の過去を」
それは関先生――関美里自身の過去でもあるであろうこと。だから関先生は、深呼吸をして心を整えてから、…ゆっくりと口を開く。
「このシェルターは。…零音くん、あなたが聞いたか、あるいは見たとおり…犯罪者の隔離シェルターよ。重い罪を犯して刑務所に服役していた人達が、一生世間から離れて暮らすのがこのシェルターなの」
それを聞いた生徒達は全員、手で口を塞いで声を上げ、…驚愕の意を示す。
「……やっぱり、俺達の両親は、…犯罪者だったっていうのか…」」
「そんなことないわ…、零音くん。あなた達の両親はね、…罪を清算して、人生をやり直したのよ。ここでもう一度、ちゃんとした人間として一から始めようって思って、ここへ来たのよ…。そんな両親の気持ちを、…どうかわかってあげて」
関先生は、零音を抱き寄せ、そして真剣な眼差しで、彼の目を見つめた。…潤んだ瞳は、零音の心に響いたのだろう。零音は溜め息を一つついて、関先生の横に座り込んだ。
「…話を始めるなら、全部を話した方がいいわね。このシェルターのこと、大人達のこと、そして日本全てのこと…」
そして関先生は、子供達の知らない過去を話し始めた。
日本の進んだ工業が生んだ負の生産物ともいえる瘴気が、日本を覆い尽くしてから、政府は必死になってシェルターを制作した。もちろん、政府官僚の住む東京などの大都市が優先され、その間他の道府県は、瘴気の恐怖に晒されることとなった。更に、シェルター建設の際には高速道路が凍結され、交通がマヒする事態にもなった。
全ての都道府県の人口密集地にシェルターが建設された、約二十年ほど前。政府は人口の少ない町や村のシェルター建設を止めることを宣言した。それはつまり、人口の少ない土地はシェルター制作費用が無駄にかかるので、建設を諦めたということ。だからつまり、そこに住む者達は、瘴気の世界に置き去りにされるということだった。
当然のごとく、たくさんの町村の人々が怒り狂った。送りつけられた署名は数十万を超え、政府もしばらくは処理に追われた。しかし、その署名も甲斐なく、シェルター建設は打ち止めとなってしまった
そして置き去りにされた人々は、しだいにマスコミから『残された人々』と呼ばれるようになる。手入れされなくなり、だんだんと老朽化していく建物に住んで、助けを求めるしかない可哀相な人々…。そんな報道が、事あるごとに飛び交った。
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――異色ミステリ。その日は幸せな一日だったのか。主人公、叶田友彦は、自らに問う。
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現在執筆中。四部編成の長編ミステリ。平和だと信じて疑わなかった村の、秘められた闇とは。
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