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零音は、どこかで何かが倒れる音を聞いた。その音の正体は気にかかったが、今は体育の時間なので、長くは考えていられなかった。
五十メートル走の競走相手はもちろん水谷で、今日は、今のところ引き分けになっている勝負の、とりあえずの決着をつけようと思っていた。
「位置についてー…」
関先生は、火薬銃を鳴らす役をしている。どうして体育でそういうものを使うのかわからないが、結構本格的なのがお好みなのだろう。何回も火薬を鳴らしていたが、音や衝撃に慣れているようで、平然とした顔で零音たちを見ていた。
河井や木戸は、火薬が鳴るたびに、少し驚いているようで、走り終わった後はお互いに手を握っていた。
「よーい」
零音と水谷は膝をつき、お互いを見る。にやりと笑いあって、前を向いた。
「…ドン!」
方耳を塞ぎ、関先生が火薬を撃ち鳴らす。同時に二人は地面を蹴って疾走した。
あっという間に二人は五十メートルを走り切る。そして息を整えてから、計測係に記録を聞く。
「六秒七六」
その声は、零音の計測をしていた朝霧からも、水谷の計測をしていた舞宮からも発せられた。…あまりのことに、二人とも顔を見合わせる。もちろん、零音と水谷も。
「そうそうありませんね、こんなこと…」
朝霧はそう言いながら、記録用紙にタイムを書く。それを見ながら、零音は水谷に近寄っていく。
「…んー、今日のところは引き分けかぁ。…今日で決着つけようと思ったんだけどな。こんな時だし」
「ああ、そうだな…。また今度、決着つけようぜ、零音」
水谷は、零音の二の腕辺りを叩く。零音も同じように返した。
「次が楽しみだぜ」
チャイムが鳴って、体育の時間は終わった。皆は整理運動を十分にしてから、教室へ戻っていく。
零音は誰にも聞こえないような声で呟く。
「来れば、いいんだけどな…」
*
木戸夫妻は、リビングに倒れこんでいた。注意は怠っていなかったはずだった。しかし、間違いなくどこかでミスを犯したのだ。…だから今、こうして、倒れている…。
夫はナイフで切りつけられて。妻は銃で撃たれて死んでいた。そこにもう一人、両方の凶器を持った男がいた。田丸の殺された現場にいた男だ。
「…案外楽なもんだな。…もう少し何か起きないかと、少し期待してるんだが」
それは誰に対しての言葉なのか。少なくとも、死者への言葉ではない。
そして男は、また別の家へ向かう。その男を止めることは、誰にもできないのかもしれない……。
次に向かった水谷の家でも、男は無慈悲に、子供と妻を待つ夫に牙を向ける。
「誰だ…お前は…どうして、あんたたちが…!」
「俺は殺人者だ。それだけ分かれば別にいいだろ?」
赤い飛沫がまた、宙を舞う…。
*
昼休みは皆、外で遊ぶか、室内に置いてある数少ない本を読む。今日は四時間目が体育だったので、外で遊ぶ子はいなかった。それぞれが話に花を咲かせている。東だけは寝ているかのように机に伏しているが。
零音は温かい日射しにたまらず欠伸をして、誰か面白い話をしていないかと教室を見回す。目に入ったのは、本を読んでいる朝霧。その本は、教室にある本ではなく、自宅から持ち込んだものらしい。
「朝霧、それ…何読んでるんだ? なんか顔しかめたりしてるけど」
興味を誘ったので声をかけてみる。すると朝霧は、少し不機嫌に答えを返した。
「ああ、これは推理小説ですよ…」
言いきってから、自分の声のトーンの低さに気付き、付け加える。
「すいません。こう、頭を使う本は分からないところがあるとイライラしちゃうんですよね」
朝霧でもわからないような本があるのだろうか、と零音は思ったが、何でもわかるなら朝霧は人間じゃないな…、と考えを改めた。朝霧にもわからないことはたくさんあるだろう。
「へぇ……。どういうのか、気になるなぁ。少し見せてくれないか?」
零音が頼むと、朝霧は読んでいたページにしおりを挿んで本を渡した。
「…うわ、字ちっさいなぁ…ページも多いし…」
零音はパラパラとページをめくるが、内容とは全く無関係のことに驚く。彼に頭を使う分野のものを渡してはいけないな、と朝霧は肩をすぼめた。
「そんな風に見てても、意味ありませんよ」
「はは、そうだな…。俺には推理小説なんて向いてないや。現実にそういうのが起きてみればわかりそうだけどな。本のなかじゃいまいち実感わかないぜ」
本を朝霧に返し、零音は笑う。朝霧は不謹慎なことだと思いながら、苦笑した。
「やめてくださいよ、とんでもない」
「ああ、悪い…。ま、俺にも真剣に考える機会があればなー」
そう言って、窓に寄りかかり外を見つめる。そんな日はこないだろうな、と自答しながら。
真剣に考えたのは、あのクイズだけ…。
『空の緑は、……――』
そこへ雪がやってくる。彼女は朝霧の読んでいる本を見て、さっきの零音と同じように話しかけきた。
「あ、その本知ってるよー。外国の日本語訳の本だよね。難しい本だったなぁ」
朝霧の机の向かいに中腰になって、タイトルを見、やっぱりそうだと一人納得する。
「白井さんが知ってるなんて意外です…。これ、父さんに取り寄せてもらったものなんですよ」
このシェルターとシェルターworkに何かを売っている場所はない。なので必要なものは取り寄せてもらうのだ。
「私はなんだろ、だいぶ昔読んだって感じかな…懐かしくてつい、ね」
とくに内容を知りもせず声をかけたことを雪は謝る。舌を出して照れ隠しをするあたりが、彼女の幼さと、可愛らしさを感じさせた。
零音はそれを横目で見ながら、外の異変に気付く。
「…やけに静かだな…」
Memory Modification
――異色ミステリ。その日は幸せな一日だったのか。主人公、叶田友彦は、自らに問う。
双極の匣
現在執筆中。四部編成の長編ミステリ。平和だと信じて疑わなかった村の、秘められた闇とは。
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