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自作の小説等を置いていったり、読了した本の感想をほんの少し書いたりしていきます。
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五章、虚と実の光景……其の二


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 三ツ越の家を出てから、僕は当てもなく町の中を歩き回っていた。川べりを歩いていると、やがて十字路に差しかかる。そうだ、ここで僕は、三ツ越と天地に追いつめられて、鬼になってしまったんだっけ。……夢の中では。
 現実にあったことは多分、それとは全く逆のことなのだろう。きっとここで、三ツ越は殺されたのだ。……だが、そこに僕と天地がいたらしいというのは、どういうことなのだろう……? 僕らが第一発見者だったのだろうか。
 ゆっくりと下っていく道の先にある、細い十字路。何かを、思い出せそうな気がする。だけど僕は、いや、僕の潜在意識は、それを思い出すのを躊躇っているようだ。
「……僕は、……三ツ越は、……」
 あの日、ここで何があったのか。ゆっくりと目を閉じ、僕は記憶の奥底から、その映像を取り出そうと試みる。頭の中に描かれる、ここと同じ場所、夢とは違う光景。それを少しずつ、辿る。
 そして、ぼんやりと、その時の光景が、浮かんできた。

 僕は、ゆっくりとこの道を進んでいる。下りきった先の十字路には、誰かがいた。暗い。靄がかかったように暗くて、それは判然としなかった。しかし、間違いなく誰かがいた。それは分かった。
 僕は、その人物の元に進んで行く。怯えたように、ゆっくりとした足取りで。
 と、そこで世界が動きを止めて、白いヒビをいくつも作っていく。大きくなったヒビは、隣同士で結びついて、ガシャン、と世界が割れる。その後には、時間が突然飛んだ。もう、僕は歩いてはいない。誰かの傍で、ただ呆然と立ち尽くしている……。
 その人物は、倒れていた。そして、ぴくりとも動こうとはしなかった。華奢な体。その身体の腕や足が、はしたない曲がり方をしている。それを気にする様子もなく、ただずっと、そこに仰向けに倒れている……。
 三ツ越だった。
 僕は、三ツ越を見下ろしながら、立ち尽くしているのだった。何故? どうして? そして、ふと気付く。今の僕が、……血で染まったメスを握っていることに。
 彼女の胸は、赤く濡れていた。服が、花のような赤い模様に染まっていく。僕はその光景を、静かに見つめ続けていた。
 言葉はない。それが他でもない僕を、とてつもなく恐ろしい存在のように思わせる。これは僕なのに、記憶の中の僕自身なのに、どうしても僕だとは、思えない……。
 まさか、そんな筈は。
「叶田くん……!」
 僕はその声に驚き、振り返った。そこには、野島と茂木がいた。顔は酷く怯え、それでも怒りのようなものが垣間見える。僕に対してのものに違いなかった。
「お前……」
 茂木が、手をぐっと握りこんで、震わせながら、僕に詰め寄る。
「……僕、は……」
 僕は、やってない――。

「ぐッ……!」
 激痛がまた、頭を貫いた。痛みと、それに似た悲しみで、僕は涙を流す。
「何で……」
 今の光景は、一体何だというのか。まるで僕が、三ツ越を、……殺してしまったかのような……。
 だとすれば、どういうことなんだ? やっぱり、僕こそが六人の大切な仲間達を殺してしまった張本人で、その上都合よくその理由と、実行したという事実を忘れてしまっているというのか……?
 心の中で、僕の影が、そっと囁く。

 ――だから、言ったじゃないか。本当にいいのかって。幸せな一日を、君の手で、壊すのかって……。

 でも、それでも僕は、真実を知りたいと願った。それが、例えどんなものだったとしても。
 ……でも、これが真実だったとしたら、僕は一体……。
「……僕が、皆を殺したの……?」
 誰にともなく、僕は呟いていた。

「……で、俺に聞きに来たってわけか」
「……はい」
 煙草の煙が辺りにゆらゆらと立ち込めている。ここは、景楽町の中心部にある交番だった。僕は、あの記憶の一部を取り戻した後、すぐにこの交番へやって来て、神田に意見を求めたのだった。神田は職務中であるというのに、煙草を何本も吸って、すっかりくつろいでいた。多分、普段からこういう勤務態度なのだろう。
「君がその時メスを握っていた、というのは貴重な証言だな。……それも現実じゃない、とかいう可能性は無いのか?」
「そんなことはないと思います。夢とは全く違う光景でしたから。……三ツ越が、僕の目の前で、死んで、倒れて……」
「……ふん」
 神田は細い煙を吐いて、鼻息を鳴らした。
「そりゃ、君が犯人なら俺は楽ってもんだが。一人だけ生き残った君が犯人で、自供もあり、無事に逮捕も完了だ。……責任問題であれこれあって、刑がどうなるかは君にとっての問題だしな」
「そんな……」
「けど、君自身はその光景を認めたくないんだろ? どうして自分が犯人だって悩むんだ。濡れ衣かぶった奴なら、必死で自分の潔白を証明しようとするぜ。君だって、そうすりゃいいんだよ」
「それは、分かってます。でも、僕は普通の人とは違う。記憶が抜けおちていて、あの日何をしたのか、まるで分からないんですから。……もしかしたら本当に、殺してしまった可能性だってある。真実を知る覚悟は出来たつもりだったけど、やっぱり、そういう真実の可能性だって……」
 結局、僕の覚悟は、そんなものだったのか。そういう自嘲気味な感情が膨れ上がっていく。僕はやはり、怖いのだ。まだその恐怖から、逃れられていない。克服できてはいない……。
「……前に俺は言ったな。優しいが故に、君は必要以上に怯えてるって。俺は少なくとも、君が犯人とは思ってないぜ。あの日から、ずっとな。……他ならぬ君の方が、その疑念を拭えずにいるってわけだ」
 神田は乾いた笑い声を上げた。
「……確かに、映像ってのは強烈さ。だが、それが本当に真実なのか? もう一度、しっかりと思い出してみろよ。ひょっとしたら、何か抜けちまったピースがあるかもしれないだろ。その、ほんの少しの欠片だけで、事件は大きく変わっちまうことがあるんだ。そういうもんなのさ」
抜けおちた欠片。……そういえば、少しだけ抜けている時間があった。誰かが十字路に立っている光景。そこから時間が飛んで、次には倒れている三ツ越と、それを眺めている僕の姿。……十字路にいたのは三ツ越で、それを僕が殺して、後の光景になったという考えが浮かんでいたが、果たして本当に、そうなのだろうか? もし十字路にいたのが僕でも三ツ越でも無ければ、成程、事態は大きく違ってくる……。
「そう、ですよね。……ごめんなさい、ありがとうございます。僕、いっつも弱気ですよね。まずはそれを、変えなきゃいけない。大切なのは、次を知る勇気だ。一つの障害でいちいち立ち止まってたら、進んではいけない……」
「そういうこったな。……もう一度、現場へ行ってみたらどうだ。今度は何か、はっきりとしたことが分かるかもしれねえじゃねえか。君の頭の中には、ちゃんと全てが入っている。ただそれに蓋がされちまってるだけなんだから。君が勇気を奮い立たせたら、その蓋を開けることが、きっと叶う筈だ」
「……はい!」
 ここへ来て良かった。僕は、煙草の匂いを好きになることは出来そうも無かったが、それでも神田を好きにはなれたようだった。

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――異色ミステリ。その日は幸せな一日だったのか。主人公、叶田友彦は、自らに問う。
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