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「もうすぐだな、何か緊張する…」
友人の家は、橋を渡った先、五分程歩いた所にある。今から行く友人の家は、この景楽町一帯の地主のような感じの家で、とても綺麗な一軒家だ。羨ましいなとは思うのだが、本人はやはりそういう事を思ってほしくないらしい。先程の話のように、その境遇に立っている人にしか分からない事なのだろう。偉い故の悩みなんて、贅沢な悩みだけども。
何軒か並んだ家の、一番奥。見栄えのいい一軒家がその友人の家だ。僕はインターホンを押して、彼の返事を待った。
「入ってきて」
電話と同じ、元気な声を聞いて、僕は彼の家の扉を開ける。景楽町周辺は大体が、玄関扉は両開きのガラス戸なのだが、この家は一般的な玄関ドアだった。それだけでもここが良い家だと思える。
「おじゃましまーす」
「はいはいー」
女の子の声も、迎えてくれる。集まっているのは六人。……いつも遊んでいるメンバーだ。とても楽しい、六人の友人達。
「叶田、早かったな。丁度準備出来たところだよ。そんなに楽しみだったんだなぁ」
この家に住む友人、佐倉満(さくらみつる)が、そう笑いかけてきた。少々長めの黒髪に、ほっそりした顔。身長は僕より低いくらい…。僕が百六十七センチだから、百六十五センチくらいだろうか。
「そりゃ、年に一度の誕生日なんだし。皆も誕生会やってくれるって言ってくれたから、楽しみで仕方無かったよ。……まあ、そういうのはサプライズの方がいいと思うんだけどね」
「はは、ゴメン」
彼の屈託のない笑顔を見ると、こちらも笑って許すしか無くなってしまう。
「さ、行こう、叶田くん。皆待ってるよ」
セミロングの黒髪に、ピンクのビー玉のような飾りのついた髪留め。彼女は野島咲紀(のじまさき)という。とっても可愛い女の子だ。丁度佐倉の家の隣に家がある。
彼女に急かされて居間まで行くと、残りの四人が丸い机の周りに座っていた。緑の座布団が全員分敷いてあったので、僕もそこに座る。
「おめでとう、叶田くん」
「おめでとな、叶田」
皆が口々に祝いの言葉をくれた。しかし、どうも心がこもっていない感じがする。……さては、早く遊びたいんだな? そう勘繰ってしまう。…多分そうなんだろうが。
「ありがと。いやあ、初めてだよ。誕生会なんてさ」
「まあ、たまには盛り上がる事でもしないかと思ってね。……言っちゃえば叶田くんの誕生日は、その口実みたいなものかな…」
ちょっと背が高めの女の子、波田歩実(はたあゆみ)が、そう言って笑った。
「口実って。……ま、楽しめればいいよ」
「そういうこと」
七人は机を囲んで、笑い合う。
「それじゃ、お茶でも持ってこようか。佐倉君、用意するよ」
佐倉の家なのに、波田は彼の肩をポンと叩き、お茶を取りに行くよう促す。気が利いているのは流石だが、他人の家でそういう振舞いはどうかと思った。まあ、微笑ましいが。
二人は台所へ歩いて行く。
「さ、まずはプレゼント進呈だよ。……皆の分あるから、開けてみて」
咲紀に、大きな紙袋を渡される。…成程、この中に皆のプレゼントが入っている訳か。僕はまず、適当に、一番上の箱を取りだした。
「これは……、万年筆かな? うわあ、高そう…」
黒いボディの、なんともシックな万年筆だった。……金属部分は金メッキで、いかにも高価な物に見える。
「はは、そんなに値段は気にするなよ。言わないけどそれ程高いものじゃないし。見た目がいいのを選んだんだ。気にいってもらえたら嬉しいよ」
少し痩せ気味で、短めの髪はセットしていないのか、少し乱れている。暗めの服装に合わせている男。彼は茂木考助(もぎこうすけ)。プレゼントが物語るように、彼は生真面目な性格で、とても現実主義だ。そんな彼だから、プレゼントに万年筆を選んでくれたのだろう。僕も前から、彼は何となく実用的な物をくれるのではと思っていた。
「ありがと、茂木。大事に使わせてもらうよ」
僕が頭を下げると、彼は大げさに手を振って、「そんなでもないよ」と言った。だけど、僕はそういう感謝とかはしっかりと態度で示す方なので、一応やっておかなければ気が済まない。
「……じゃあ、次の箱、開けさせてもらうね」
次に取り出した箱も、さっきの万年筆の箱のように細長かった。そしてさっきの箱よりももっと、包みが高級感のあるものだった。……開ける前から誰の物なのか、薄々分かってしまう。
「……うお、これ…腕時計? すごい綺麗だけど…」
箱の中身は、金色の腕時計だった。ベルトの部分はさっきの万年筆と同じく、金メッキだったが、どうも時計の時刻の部分に、宝石のようなものが埋め込まれていた。
「…三ツ越の、…だよな?」
「やっぱ分かっちゃいますよね。…私のです。凝ったものが用意できなくて、すいません…」
三ツ越は照れ笑いを浮かべた。…三ツ越嘉代子。少しカールしたセミロングの髪が、滑らかで美しい。…彼女の親は、某有名企業の偉い人のようで、こういう高価な品をいくらでも(とは言い過ぎかな)買える程、裕福なのだ。そんな彼女の家が何故こんな田舎にあるかというと、こちらの方が気兼ねなく過ごせるからだという。
「なんで謝るの。…ちょっと驚いたけど、すごい嬉しいよ。…しかし、粗末には扱えないなあ、こんな高価なもの」
「別にそんなに気にしてもらわなくても」
三ツ越はそういうものの、明らかに時計は高価過ぎるものだった。多分一から十二時の所には、誕生石が入っているのだろう。それぞれに色が違うし、十二種類の宝石といえばそれしか出てこない。
「さて、次の奴はハードルが高くなるな」
佐倉がそう茶化す。これで彼のプレゼントが次だったとしたら面白いのだが。
僕はごそごそと、袋の中で手を動かす。……すると。
「何だこれ。……って、これお菓子じゃないか」
僕が取り出したのは、どこにでも売っているような、スナック菓子だった。……独特のビニールの感触は、これだったのか。
「なんか、運の悪い組み合わせだったな。腕時計の後に、お菓子って…」
「そ、それ私のだよ。……えへへ」
名乗り出たのは、波田だった。佐倉と共に、今まさに戻って来たところだ。手には、湯呑みが乗ったお盆が。……彼女は何とも能天気な性格だ。背が高く、そのおおらかな性格故に、彼女を姉のように慕っている生徒も何人かいる。彼女の元には、色々と愚痴やら悩みやらを言いに来る生徒もいて、波田自身もまた、それを快く受け入れていた。……まさに姉さん的存在だな。
「だってやっぱり、食べるものがないとね。今から飲み物も入れてくるよ。佐倉くん、手伝ってよ」
「って、俺の家なんだけどね」
佐倉は波田に促されるようにして立ち上がり、台所の方に消えていく。僕は、二人が帰って来るのを待っておこうかと思ったのだが、残りのプレゼントが気になったので、開けてしまうことにした。
「次のこれは、…っと。また細い箱だ」
控え目な包装の、小さな細長い箱。…包装を解いて蓋を開けると、中身はペーパーナイフのようなものだった。
「ううん……? これ、ペーパーナイフでいいんだよな?」
「ああ、一応刃が付いてるんだ。…便利グッズだね」
一際静かだった彼、天地光流(あまちひかる)が言った。どうやら彼のプレゼントらしい。成程彼の言う通り、ナイフには細かな刃が付いていた。…ペーパーナイフは、ただそれだけの為の道具であって、多少不便だからな。
「まあ使いどころに困るけど……、いや、ありがと、天地」
「うん」
ボサボサの髪に、皺の寄った服。……彼の家は、少し悪い言い方だが、貧乏なのだそうだ。…彼自身もそれを自負している。三ツ越とは対照的だ。
彼には弟がいるのだが、その弟が重い病に侵されているらしく、闘病を続けているという。…弟の名前は悟(さとる)と言い、悟くんの為にお金が必要なのだが、家の金銭事情ではどうにもならず、もどかしい日々が続いているようだった。
「……さて、次は……。あれ、これで最後か」
袋の中には、もうあと一つしかプレゼントが入っていなかった。ということは、咲紀か佐倉のどっちかが、プレゼントを用意してなかったのか……?
とりあえず、この箱を開けてみることにする。どちらかといえば女性が選ぶような、可愛らしい包装紙に包まれた箱だった。
「………?」
そこで僕は突然、現実から放り出されたような感覚に陥る。空気がピンと張り詰め、いや、留まっている。……物体が動きを制止する。世界すら、それに同調し、動きを止めた。
止まっている。咲紀も、佐倉も、他の皆も。そして僕だけが、その中で自由に動くことができた。……この異常な状況の中、動こうとは思わないが。
……そう、それはラジオのノイズ。ゲームのフリーズ。世界が一瞬だけ判断を鈍らせ、凍りついてしまったのだ。
何故? そう思った刹那、空間に亀裂が走った。まさに亀裂だ。ガラスに物をぶつけてしまった時のような、細く白い亀裂。それが世界に広がって、やがて、割れた。
「よし、それじゃあこれからどうしようか?」
元気のいい、波田の声が聞こえた。彼女はさっきまでの体勢とは大きく違い、机に若干身を乗り出すようにして皆を眺めている。机の上にあったお菓子は、もう半分以上が無くなり、それなりの時間が経過したことを僕に教えてくれる……。
一体今のは、何だったのだろう? そして、何故世界は変わりなく動いているのだろう? ……確かに異常な光景が、僕の目の前には一瞬、広がったのだ。世界が凍りつき、ひび割れる光景が。
でも、誰も気にしていない。何も起きなかったかのように振る舞っている。まるでそう、僕だけの時間が制止してしまったようだった。……ああ、きっとそうなんだ。僕だけが、凍りついてしまったんだ……。
……なら、それは何故なんだ? 考えてみたけれど、理由など浮かぶ筈も無かった。もしかしたら、僕は疲れているのかもしれない。何も良い解釈をつけることができず、結局僕は理解しようとするのをやめた。
世界は変わりなく動いているんだ。大丈夫。きっと、さっき見たのは僕の、幻覚か何かなんだ……。
ふと、自分の手と、机の上を見比べる。そこには、僕がさっき持っていたあの可愛らしい包装のプレゼントは、無かった。
「そうだなあ、ほんとにこれからのことは一切考えてないからな。いつも通り楽しく遊べたら、それでいいんじゃないか?」
茂木が腕組みしながら、皆を見回す。その意見に、異を唱える者はいなかった。
「遊ぶなら、何して?」
「何しよう?」
「やっぱり外の土手で遊びたいな。動き回るような遊びがいい」
「女の子の方は?」
「私は構わないよ」
「私も……構いませんよ」
「私も全然」
僕の誕生日だというのに、何だか僕が置いて行かれてしまっている気がする。皆遊ぶのが好きだから、仕方のないことだけれど。
何をして遊ぶかは、天地の提案でサッカーということになった。彼の家にサッカーボールがあるのだ。僕も前に見たことがある。結構ボロボロだったが、彼以外にどうしてかサッカーボールを持っていない。遊び道具くらい、お金のある人が持ってるべきじゃないかなと、少し思っていたり。……佐倉を横目に見ると、彼は訝しそうな顔をした。
「じゃあ、お茶とお菓子片付けるね」
波田が、お盆に湯呑みとお菓子の袋を乗せて立ち上がる。そしてまた佐倉と一緒に、台所へ消えていく。
「……よし、じゃあ俺は、ボールを取りに行ってくるよ」
「分かった。いってらっしゃい」
「待ってますよ」
天地はゆっくりと立ち上がり、座布団を片付けて、外へ出て行った。靴が土を蹴る音がする。走って取りに行ったのだろう。
僕らは、波田と佐倉が戻って来るのを待ってから、家を出た。
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――異色ミステリ。その日は幸せな一日だったのか。主人公、叶田友彦は、自らに問う。
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現在執筆中。四部編成の長編ミステリ。平和だと信じて疑わなかった村の、秘められた闇とは。
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