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自作の小説等を置いていったり、読了した本の感想をほんの少し書いたりしていきます。
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#4.Rondo _疑心の矛先_2




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 ……時計の針が動く音だけが、教室を満たす…。
 ……ザリ。
 その時、砂を踏みしめる音が聞こえる。
「…!?」
 この場には、似つかわしくない音。室内からではなく、室外から発せられる音…。
その時、発砲音がして、窓のガラスが派手な音と共に吹き飛んだ。破片が窓の近くの舞宮と朝霧、河井に降り注ぎ、三人とも頭を手で庇いながら四つん這いになる。
幸いにも怪我はなかったが、ガラス片が周囲に散乱し、まともに動けないような状況になってしまう。
そこに、一人の人影。見たこともない、一人の人影が。誰もが思っていたはずなのに。不審者がいれば、たちまち気付かれてしまうほど、このシェルターは小規模だと。
 けれど、その男はそこにいる。人を殺し、不敵に微笑む男がそこにいる…!
「あっ……ぁぁ…」
 河井が、声をかすれさせながら、その男を、見る。…しかし、男は河井を見ない。見ているのは、今から殺すこの教室の全員であって、一個人ではないからだ…。
 男は、黒い髪をしていた。そして口元は、表情が分からない様にするためなのか、包帯を巻いている。目は吊り目で、赤く充血していて、その目を見るだけで生徒は威圧感と恐怖心を覚える…。網目がかった、端に血のついた服を着ていて、誰かを殺したことは間違いなかった…。
 どうして今襲ってくるのか…? 犯人がこの男一人なら、明らかに不利なはずだ。この数では、下手をすればすぐにでも取り押さえられる。…勇気があれば。この男はまるで、何人いようと自分を止める障害にはならないと考えているようだった。口元に窪みができ、ニヤリと笑っているのがわかる…。
 その男は、まるでそれが当然の行為であるかのように、割れた窓から手を伸ばし、鍵を開ける。そして窓も開けた。
 玄関から入るように、何の遠慮もなく、教室へ入ってきた男は、鼻で笑ってから一言だけ言った。
「残りは犯罪者の血脈と…先生様か」
 腰にはナイフ、手には銃。その姿はまさしく、人殺しの姿。
「お前が…殺したのか」
 零音は慎重に、男の動きに注意しながら聞く。話の通用しない相手かもしれない。いや、きっとそうだろうと確信する。
 しかし、男はそれに答えた。いや、これが最初で最後の返答なのかもしれないが。
「そうだよ、犯罪者の血脈達。俺は、処刑組織『メシア』第十三番Tea所属、…名前は、殺人者と言ったところだ」
 そう名乗るように言われているのだろうか、殺人者は言い終えると舌を打つ。零音が一層強く睨みつけると、小馬鹿にしたようにフッ、と笑った
 殺人者は銃を構える。その銃口がまず、関先生に向けられる。彼はためらっていなかった。確かに殺人者だった。当たり前のように銃を向け、その指が引き金に伸びる…。
 カチ。
 引き金が引かれるのと同時に、そんな音が鳴った。弾切れ…? もしも弾が切れていなければ、今頃先生の頭は吹き飛んでいる…。
「せ、…せんせ…」
 口の中が乾く。犯人と対峙するのが、これほどの恐怖だとは、誰も思わなかった。今はさっきまでの決意は微塵もなかった。勇気が砕けて、全てが恐怖に変わっていた…。
「逃げろ、皆!」
 零音が叫ぶと、皆は一目散に逃げ始めた。元々扉がない入口が幸いして、全員すぐに逃げることができた。
 しかし、関先生は逃げ遅れる。銃口を向けられ、引き金を引かれ…もしかしたら自分は死んでいたかもしれないという恐怖が、彼女の体を釘付けにしているのかもしれなかった。…それは彼女にしか分からない気持ちだが。
「早く、逃げて!」
 零音はもう一度叫ぶが、先生は動かない。どうすればいいのか、殺人者は既に替えの銃弾を取り出し、弾倉に装填していた。もう何秒もしないうちにまた、殺人者は容赦なく銃を向けてくるだろう…。
 先生を引っ張って逃げるのは、結構な時間が必要だと予想する。それには足りない。殺人者はもう、弾を装填し終える…!
「何か、…何か…!」
 教室内に何かないかと探せば、目にはいるのは黒板消しのクリーナー。それくらいしか、今は使えそうもない…。
 一か八かだった。こんなもので本当に時間が稼げるのかは怪しい。しかし、やってみなければわからない。先生を見殺しにはできない…!
「くらえ!」
 零音はクリーナーから、粉が入っている袋を取り出して、殺人者に思いきり投げつけた。おまけに、クリーナーも投げる。それは殺人者の右腕に当たり、鈍い音を立てた。更にチョークの粉が犯人の視界を奪う。上手くいったようだ。
「ゲホッ……、野郎…」
 殺人者は手を振り回し、粉を払うが、左手には痛みが走り、上手く払うことができない。目を細めて零音を狙い、銃を向けるが、予想以上のチョークの粉塵で、もしかすれば粉塵爆発が起こるかもしれない。そんな思いが発砲をためらわせた。
 零音はその隙に、関先生を引っ張って逃げる。ようやく思考が追いついたのか、先生は玄関を出る頃には一人で走っていた。
「皆、ありがとう」
 息を切らしながら、零音は校門前まで走ってきて言う。皆、門の前で二人が来るのを待っていたのだ。
「…正直、もうだめかと思った…。お前こそありがとな、流石だぜ、芹沢」
 水谷が肩をポン、と叩いた。二人は笑い合う。
「まだやられたりしないさ。最後まで生き残ってやる」
 零音を筆頭に、九人はまた走り出す。殺人者が追ってくることはもうなかった。
 道なりに少し走ってから、辺りの安全を確認すると、全員立ち止まった。奇襲されたのだ。相当頭が混乱している。状況を整理しなければいけなかった。
「あんな状況で、…襲ってくるなんて思わなかった。…まだ心臓がドギキしてるぜ…」
 今見たものが信じられない、そんな感じだった。あの男は、九人もいる教室内に、悠々と入ってきたのだ。常識では考えられなかった。なぜあそこまで余裕なのだろうか。
「…あいつ、普通じゃなかったぜ…。きっと、気にしちゃいないんだよ、何人いるかなんて…。あんな怖ぇ奴、初めて見た…」
 あの男の目は血走っていた。まるで獲物をスナイパーライフルで狙うハンターのよう。恐ろしい目つきで睨みつけられ、狙われれば確実に殺される…そんな畏怖を覚える、それほどまでに、恐ろしかった。
「…あんなの、怖いよ…。あんな人が、…私達のお父さんと、…お母さんを…」
 雪が顔を手で覆う。…もう何度見ただろう。…事件は雪から、皆から、笑顔を奪い去ってしまった。
「…多分犯人はあの男だけだろう…。ナイフと銃を持っていたから…」
 舞宮が言う。殺人者と名乗った男は、サバイバルナイフのような刃の鋭いナイフと、凡庸性の高い銃を持っていた。銃とナイフの二つを持っているということは、あの男一人で、全ての犠牲者を殺してきたということなのだろうか……。
「…狂ってやがる…」
 本当に思い出すだけで身の毛のよだつ顔だった。…突き刺さるような視線…。
「……?」
 ふと、零音は気付く。何かが抜け落ちている。何かが足りない。
 木戸ではない。彼はもう、いなくなったことを理解している…。
 なら、………。
「あ……東、は…?」
 ここには、……七人しかいなかった。
「そ、そう言えば……東くん、いませんね…。一緒に逃げてきたとばかり思ってましたが、…どこかで、違う方向に…?」
「い、いや…もしかしたら、捕まってる可能性も捨てきれないわ…」
「そんな、まさか……」
 朝霧と関先生がそれぞれ述べるが、どちらの可能性もありうる。しかし、関先生のいう、捕まっているという可能性が少しでもあるならば、…無事を確かめなければ、東が殺されてしまう危険があった。
「くそ、仕方ない。俺は東を捜しに行く。…無事なら頭を殴ってやりゃ済む。でも、捕まってたなら助けてやらないといけないんだ…」
零音は走り出そうとする。学校へ。しかし、水谷が腕を掴んでそれを制止する。
「待てよ、お前が孤立するな! 東のことは分かるが、お前まで捕まったらどうする…。こういう時こそちゃんと考えてから行動するんだ」
 一度だけその手を振りほどこうとしたが、水谷のその言葉に諭され、零音は抵抗をやめた。
「……悪かった…。そうだよな、俺が危険になったら意味ないよな…。…よし、どうするか…考えるか…」
 零音は腕を組んで、意見を求めるように全員を見る。こういう時に頭が回るのは、朝霧だった。
「……この場合、一人になるのは危険ですけど、…犯人は一人のようですし…。東くんの安否を確かめに行きたい人と、他に籠城できるような場所を探す人で、二手に分かれて行動するのが一番いいんじゃないかと、思います…」
 相変わらず適確な意見に、零音も、それがいいな、とすぐに頷く。他の皆もそれが一番だと思ったようで、異議は唱えなかった。
今ここにいるのは七人。行くとすれば多い方がいい。籠城する場所を探す方は簡単なはずだ。家は何軒もある。……もし犯人が拠点としているような場所に入ってしまったなら危険だが。
「よし、俺は東の安否確認に行くから、あと三人、ついて来てくれ。もちろん、足りないならその数でいくけどな」
 誰も、進んで行きたいと手を挙げる者はいなかった。なので、零音は苦笑した。
 危険な場所に行きたがるのは、自己犠牲のできるいい人間の証だ。しかし、普通の人間は自分を大切にしてしまうだろう。それが普通のことだ。…ある意味零音は、単純な人間だった。
 …しばらくためらっていたが、一人目が手を挙げた。…雪だ。
「零音くんが行くなら。…私も心配だしね。……絶対守ってよ?」
 顔を強張らせながらも、彼女は笑う。だから零音も、今度は優しく笑った。
「…ああ」
 雪が手を挙げると、水谷も手を挙げる。女の子が勇気を出したのだから、自分も行かなければ男じゃない、そんな風に見て取れた。
「芹沢だけじゃ心配だ。男は多い方がいい」
 そして、もう一人。河井も手を挙げた。
「私も……」
 これで四人だった。残りは籠城場所を探すチームとなる
「じゃあ、僕達は籠城する所を探しますね。……知らせる方法が難しいんですよね…犯人にも分かってしまいますから…。とりあえず、他の家の電気を消して、逃げ込んでいる所だけ電気をつけておきます。……もし犯人が拠点にしているような家があれば、…大変ですけれど。まあ、上手くいったならインターホンを鳴らしてくれれば声で分かりますから、芹沢くん達なら開けます。それでいいですね」
早口で、そして簡潔にそう述べて、朝霧は零音を見た。朝霧と零音は頷き合って、それぞれ別の方向へと走り出す。振り返ることはない。
 誰も失ってたまるものか。その決意が、足を動かす。殺人者がいるかもしれない。あの目が再び零音を睨むかも。しかし、失うわけにはいかない。大切な仲間を、これ以上…。
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