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自作の小説等を置いていったり、読了した本の感想をほんの少し書いたりしていきます。
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#3.Epic _血塗られた過去_3

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 重苦しい空気が漂う教室内で、何もすることがないので、零音はずっと、職員室の密室のことを考えていた。何か考えていないと、両親のことを思い出して、どうしても目が潤んでしまうからだ。雪や河井を見ていても、それがわかる。彼女らは人一倍涙もろいようで、涙が溢れる度に、頭を横に振って、必至に悲しみをかき消そうとしていた。
 …まず、職員室は、先生が教室に戻ってきた後、扉が閉まる音が聞こえ、その後本が落ちる音が聞こえた。要するに、その時事件が起きたということだ。そしてその後先生が、扉を開ける。この時扉には鍵がかかっていたが…解錠できるのは先生の鍵だけだ。その先生が教室にいて、その時扉が閉まったのだから、…扉は内側から鍵をかけられたか、もしくは犯人が鍵を持っているか、だ。
 しかし、鍵を持っているという可能性はあるのだろうか。職員室の扉は、オーソドックスだが結構旧式のものだ。ここに下見に来たこともない犯人が、鍵を持っているとは思えなかった。だから内側からかけられたのだと、零音は必然的にそう推測する…。
 ならばやはり、鍵のかかっていた窓を説明できない。犯人が室内に隠れていたかもしれないが、生徒が全員でくまなく探した。つまりそんな所はありえないだろうということだ…。犯人はどうやって、密室から脱出したのだろうか……。
 よく、推理小説にあるであろう、窓の鍵を外側から閉めるトリックというのを、零音は想像してみたが、先生の駆けつけるまでの時間が短かったことを考え、すぐに不可能という結論に至った。だからまた、思考は停止してしまう。
「ちょっとトイレに行ってきてもいいかな…。ここ、暑いし、気分転換のためにも、ちょっと違うところに出たいな…」
 木戸が言う。それを聞いて、河井も賛成した。
「私も行こうかな。学校内なら歩きまわっても大丈夫だと思うし…」
 確かに、全て鍵はかけてあるので、学校内ならばどこにいても問題はないように思える。零音も、外に出ない限りは安全だと思っているので、二つ返事で了解した。
「まぁ、気をつけて。鍵はかけてるし二人だから大丈夫とは思うけどな」
「うん、できるだけ注意して行くね」
木戸と河井は、ゆっくりと廊下へ出ていく。それを見送って、零音はまた眉間にしわを寄せ、考えを巡らせる…。

 木戸と河井は、当然トイレは別なので、その時は単独行動だった。木戸は用を済まし、手を洗い始める。そして水を止める。
 …その時初めて、何かおかしいことに気付いた。何か、聞こえるはずのない音が聞こえる。
 カチ、…カチ。規則正しく鳴るその音は、まるで時計。トイレに時計なんて当然あるはずもない。恐る恐る木戸は、音のする個室の扉を開ける…。
「…え…これ、何…」
 それは、四角いむき出しの機械に、デジタル時計がついたような、不思議な物体。…よくテレビ等に出てくる、箱に入ったものとは違うが…それはまさしく、時限爆弾……。
「わ…ぁっ…」
 コードがわざと複雑に絡められていて、その上爆発までの時間は、見る限り五分を切っている。早くどうにかしなければ、確実に危険だと、木戸には思えた。
 彼には爆弾を解除する技術などもちろんない。だから、思いつく限りで一番迅速な行動をとる。それは、外に投げ捨てること。
 ……しかし、それは致命的なミスだった。いや、彼にとっては、必然的なミスなのかもしれなかった。その爆弾の大きさは、半径二、三メートルを爆破できるのがせいぜいの、小さなものだったというのに。知識なんて全くない木戸が、それを見つけてしまったのだから。
 だから、彼は外へ投げるという行動に至ってしまう。それは、犯人の誘導に、乗ってしまったということだった…。
 窓を開け、すぐさま爆弾を投げ捨てた木戸は、安心して扉を閉めようとする。しかし、何者かに襟を掴まれ、ぐい、と窓の外に引っ張られた。
 叫び声をあげようとするが、ハンカチで口を塞がれる。そして見たものは、まっ白い世界…。
 男の着ている服は、真っ白だった。ハンカチすらも、真っ白だった。そして男は、口元に笑みを浮かべ銃を突きだす…。
 発砲音は聞こえなかった。
 その銃は静かに、無慈悲に、彼の額を、…貫いた……。

 河井は用を済まし、しばらく木戸を待っていたが、男が女よりも遅いことがあるのかな…そう思い、ためらいつつも男子トイレを覗いてみた。すると、木戸の姿が窓の方にある。
 あれほど施錠の確認をしていたのに、窓は開いていて、河井は木戸が開けたのだろうと思い、注意するために、声をかけようとした。
 …しかし、様子がおかしかった。木戸は窓の外に顔を出しているというより、…窓の外に力なく倒れているように思えたから…。
 両手を窓の外にだして、膝を曲げて外を見る人間なんているだろうか、いや…恐らくいない。
「木戸……くん?」
近づくほどに、わかる。その異常さは明らかだった。
「木戸くん…!?」
 もう躊躇も何もない。河井は木戸の元に駆け寄り、その体を抱きかかえた。…体重が全て、河井に圧しかかる。
「ひっ…」
 顔面は蒼白で、口からは血が。…そして、額には、…銃創が…。
 ぽっかりと空いた穴からは、今だ紅い雫が流れ出て、その顔と、抱き寄せる河井の手を濡らす…。
「きゃああああっ!」
 何の慈悲もない。
木戸は殺されていた。

「今の、河井の声だぞ…!?」
 全員に緊張が駆け巡る。そんな馬鹿な、木戸も河井も細心の注意を払っているはず…!
 その状況で一体何が起こりうるのか、訳がわからなくなる。しかし、何か最悪な事態が起こったことを誰も否定できない…。
 トイレに走っていくと、風を感じる。男子トイレの窓が開いていた。
「どうした、河井!」
 河井は男子トイレで、木戸を抱きかかえていた。しかしその目は木戸ではなく、自分の手の平を見つめていた。
「あっ……あ…」
 零音が河井の所へ近寄る。…そこには、やはり想像を裏切らない、残酷で最悪な光景が広がっていた…。
「なッ……」
「きゃ、…やああああっ!」
 木戸の額は銃が貫通し穴を開け、そこから流れる血は、床と、彼の顔と、河井の服も濡らし、尚も流れ続ける血が、撃たれてまだそう時間が経っていないことを示している…。
 河井の両手は真っ赤に染まり、目は焦点も合わず、受け入れ難い現実を、必至に否定しているかのようだった。しかし、何度見ても、まばたきしても、その赤い色が消えることはない。目をこすってみて顔に血がつき、その感触が更に河井を恐怖させる…。
「嫌だよ…! 嫌だよ! 木戸くん、目を開けてよお! だめだよ、こんなの…いや……っ。こんなの嘘だ…こんなの…」
 ずっと仲のいい二人だった。いつだって、笑い合っていた。手を繋いでいた、一緒に朝食をとっていた、一緒に下校していた。それなのに今、どうして二人が引き裂かれなければいけないのか…。
 二人の仲を知っているからこそ、河井の他の全員も、涙をこらえきれない。…なぜ、犯人はこんな風に、残酷な結末を与えるのか…!
「畜生! どうしてこんなに簡単に、何人も人を殺せるんだ! 狂ってる! なんで…こんなっ…! だめだだめだ、絶対に殺してやる! 警察なんかに任せられるかよ、こんな酷いことしやがって…! 出てこいよ、くそ! その頭ぶち抜いてやる!」
 零音は吠える。涙を溢れさせて叫んだ。その表しきれないほどの怒りが、彼の拳に込められ、彼は何度もタイルの床を殴り続けた。
「…零音くん、やめて…。そんなことしたら怪我するわ。…悔しいけど、でも、怒りに身を任せちゃだめ……。私達は生き残るのよ…? 明日の朝まで、生き残るの。だから、ここで冷静に、一晩を過ごさなきゃ…」
「でも、でも…! 先生はこんなの、許せないだろ! こんな、惨いことされて、どうして俺達はずっと、ここで閉じこもっとかなきゃいけないんだよ…。仲間か、殺されて。俺達はずっと怯えながら、夜明けを待たなきゃいけないってのかよ…犯人を殴ることも何もできずに…」
 歯を食いしばって唸る零音は、床を殴りつけていた拳をもう片方の手で覆う。やはりその手は、赤く腫れていた。それほどまでに力を込めて、床を殴っていた。
「…それでも、我慢しなきゃいけないわ。…両親が願ってるのは犯人への仇打ちじゃないってことぐらい、わかってるでしょ…? 零音くん」
 もちろん、それぐらいは理解できる。死人が二度と口を開くことがないとしても、仇なんてとろうと思うな…そう言うであろうことは。…頭では理解できるから、逆にそれが辛い、苦しい…。
「……先生。………、わかったよ…。今は、耐えるしか…ないんだな」
あれほどの激情は、同じくらい急激に冷めていく。そして冷静になり、全身の力を抜いて考えてみれば、零音にも様々な落ち度があった。
「……俺も、悪かったんだ。…木戸と、河井を。トイレくらいでも、別行動させたりして…。ああいう時は、二人じゃなくてもっと大勢で行くべきだよな…。誰も気が回ってなかった。…ここはもう、安全を保障できる所じゃないんだ。…一番安全であって、絶対安全というわけじゃ…。…俺がついていけば、他の誰かがついていけば、もしかしたら、木戸は…」
 さきほどまでの激情は、あっという間に後悔に変わる。零音は頭をかかえて、しゃがみこんだ。…そして嗚咽を漏らす。
 見ている他の生徒も、彼に感化されて、更に涙を込み上げていた。自分達の内誰かが木戸についていってやれば、木戸は助かったかもしれない…そんな風に思うと、後悔の涙が止まらなくなった。
「……皆。教室へ戻りましょう。…大丈夫。これ以上は何も間違えたりしないよう、皆で、がんばろう…? これ以上は、誰も死なせない。…私が、皆を守るわ。そして皆も、お互いを守り合いましょう…」
 それ以上、誰も何も言わなかった。頭を縦に動かして、重い足取りで戻っていく。
朝霧は、窓を閉めようとして、何があったのか把握しようとしているのか、窓の外を覗いていた。なので皆よりも少し遅れて、戻ってくる。鍵の閉まる音が聞こえたので、大丈夫だろう。…大丈夫かどうかを疑うあたりに、何か疑心感が生まれていることは、零音も感じていた。…しかし、重苦しい空気と、理解できない犯行に、自然と目は仲間の誰かに向かっていた。…けれど、それはあてつけ。仲間を助けられないことへのあてつけだ。そう思い直して、零音は教室へ戻る。
そこに東の姿を見つける。…彼だけは、悲鳴を聞いてもずっとここで俯いて動かなかった。
「…東。今は分かるよ。お前がずっと怖がってた、その気持ちが…」
 

 優磨がいなくなる前の頃を思い出せば、そこには幸せが溢れている。
学校で毎日汗を流して遊ぶ九人の生徒と、それを見つめて微笑む先生と。あの頃はこのシェルターが、幸せに満ちていた。
「東、お前って結構、運動苦手だな? ボールも上手く取れないし…」
 野球をしていて、レフトフライを東が取り損ねたことで、零音は東に詰め寄っていた。仲がいいのは間違いないのだが、今は水谷のチームとの勝負だったので、気合いがはいっているらしい。
「ご、ごめん…。へへ、…あんまりこういうのは…なぁ?」
東がボールを返しながら言う。彼は勉強も運動も平均的、…もしくは少し下という、なんとも平凡な成績だったので、何か取り柄がないのかと皆が思っていた。しかし、球技は特に苦手なようで、戦力にはならなかった。
「まったく。何が得意なんだよ。今度聞かせてほしいぜ」
 仕方なく笑い返す零音。それに合わせるようにまた東も微笑んだ。
「音楽に関しては結構知識もあるんだけど…」
「へー…。通知表今度見せてくれるか? まぁ、音楽の為だけに他の成績見せるのも嫌だな、ははは」
 零音はそう笑って、ピッチャーゾーンに戻っていった。東も自分の持ち場に戻る。

 …楽しい会話が続いていた。あの頃が懐かしい…。

 優磨が死んだ日から。少しずつ世界は変わっていった。そして今日。世界は壊れてしまった。
 優磨、お前が謝っていたのは、このことなのか? ならどうしてお前が謝る? お前が、死ぬ…?
 零音は心の中で問う。答えがないのは分かっていても。

『空の緑は、僕らのシェルター。地上の緑は、僕らの約束の場所』

 そして零音はその問題を解き、優磨の手紙を見つけた。優磨が死んだ三日後に。
 確かに優磨は記していた。大切な何かを。

そう、優磨は記していた。
生きて、と………。
 

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