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「ごちそうさま。美味しかったよ」
最後に水谷が食べ終わって、食事は終わった。いや、まだ朝霧が来ていないが。とりあえず五人分の皿を、台所へ下げることにする。
「しかし朝霧の奴、遅いな…。まあ、あれだけ本があったらそりゃ時間かかるだろうけど…。このままじゃご飯が冷める」
朝霧はだいたい三十分程部屋に籠っていた。いい加減諦めて出てこないかと誰もが思い始める。
そして、扉の開く音。やっと出てきたのかと皆は声をかけようとするが、どうも様子が変だった。
「ちょっと集まってください!」
その慌て様に、全員は急いでリビングに集まる。朝霧は夕食の皿に目もくれず、机の上に、重たい、厚い本を広げた。
「なんだこれ、…今、神話とか見えた気がするけど…」
焦げ茶色の、見るからに胡散くさそうな本の中には、様々な天使や悪魔の絵や、説明。こんな所にアネモイが書かれているのだろうか。
「ここです。…このページ…。アネモイ、南風ノトス、…当てはまります」
朝霧が指差すページは、ギリシャ神話の神について書かれている項目で、そこには、アネモイという名前。そしてそれは、四人の風の神の呼び名…。
「ちょ、ちょっと待てよ…要するに、この名前の奴らが全員いたら、……ノトス、ゼピュロス、エウロス、ボレアス…よ、四人…?」
上位アネモイと書かれている神の名だけでも四柱の名があった。つまりそれは、…間違いなく敵が、四人以上いるということ…。
「そんなにいたら、…強引に襲いかかってきても、俺達を楽に殺せるじゃねえか…! 殺人者を加えて五人もいるなら、なんだって犯人は、俺達を殺さないんだよ…わかんねえ…」
誰も、これほどに敵が多いと認めたくはなかった。今までの何もかもが腑に落ちない。どうして犯人は、一人ずつ追いつめるように、殺していくのか……。
「……挑発、してやがる……ッ」
零音が唸った。そう、彼らは、挑発しているのだ…。お前達に、止めることなどできはしない、お前達は、殺されていくだけ。…そんな風に、嘲り笑っているのだ…。「くそ! なんだよ、頑張ってきたと思ってたのに! これじゃ、犯人に…踊らされてただけじゃ…ねぇか…」
気付かなかった。四人もいたことを。つまりそれは、…敵が本当に、…余裕を持って零音達を殺そうとしているということ…。姿を現さずに遂行できるほど、…相手は…強い。
「……思えば東も、殺そうと思えたのに殺さなかったんだ…。マジに挑発してやがる…。やべえよ、こいつは…」
水谷が体を震わせ、汗を浮かべ、恐怖を全身に表しながら言う。雪に至っては、首を横に振りながらその場にへたり込んでいた。
「……生き延びれるのか……本当に…」
ただ、そう嘆くしかない。彼らに今できることは、…身を寄せ合い、一つの場所にかたまり、…襲われれば一人でも多く生き残れるように逃げることだけ……。
「……今は、考えないでおきましょうよ。そんなこと……。今はここに籠って、朝を待ちましょう。……生き残れないなんて、決まったわけじゃないんです」
朝霧が、自身にも言い聞かせるかのように、ゆっくりとそう言った。それを言わなければ、自分も恐怖に飲まれてしまう…そう思っているのだろうか…。
「…そうだけどよ……。……」
全員、一気に気持ちが沈んでしまった。さっきまでの楽しい食卓は、幻のようだった。…全員が、まるで奈落に突き落とされたような思いになった…。
「……それでも。希望を捨てちゃだめよ。…もしかしたら、止められるかもしれないんだから。…皆なら。…だから頑張って。…一緒に、朝日を浴びるのよ。そして生きて、ここから出るの……」
受け入れ難い現実。それが七人に見えない圧力となって襲いかかる。けれど、そう。諦めてはいけない。今までずっと、生き残ろうと頑張ってきたのだから。
「たとえ、どんなに辛くても……諦めちゃ、……いけない、か…」
また、零音に昔の光景が蘇る。…一瞬。
「あいつも、生きろって書いてたな…」
「え…?」
それは零音だけの記憶だから、恐らく誰にも分からないだろう。でも、零音はそれを思い出して、笑った。
「…そうだな。…頑張ってみるよ。…生き残りたいならどっちにしろ、頑張るしかないしな。…はは、上等じゃねえか…。絶対に、…生きてここから出てやる…」
零音は急に笑う。いや、それは挑戦的な笑み。戦う、そう決意して、拳をぐっと握りこむ。
誰も零音が、なぜ立ち直れたか分からない。だから何も声をかけられずにいたが、…零音が元気を出せば、それはどうしてか、全員に浸透していくようだった。それは、木戸が殺された時も同じ。……零音は、人の心を動かせる人間だった。共感できる人間だった。
「…ふふ、そうですね。…なんだか、そんな顔をしてる芹沢くんを見ると、いつもの日常を思い出してしまいますよ。いつだって勝負事にはそんな風に意欲を見せてましたね…。うん、ちょっとだけ、勇気が湧いてきた気がします」
いつもは理論的な朝霧だが、今だけは違った。零音と同じく笑みを浮かべて、いつでもかかってこい、そう思わせる顔になる。
そう、朝霧も、男だ。
「はは、…とうとう頭がマヒしてきたみたいだな。…俺もそんな気がしてきた。でも、今はそれでいいよな。…恐怖は、今はない方がいい…」
水谷までもが笑う。それは、体育の時間の、零音と競い合う時の顔に似ていた。恐怖はいらない。生き残る為に必要なのは、勇気だ。
男達が意気投合している間、女達も思う。
「…私もマヒしちゃったかな。あんな三人を見てると、…頼もしいよ」
「いいや。私も思うよ。…不思議だな。こういう気持ち」
雪と舞宮は、顔を見合わせる。もうさっきまでのように、ひきつってはいなかった。
恐怖は枷になる。ならマヒした方がいい。今はただ、希望を持って。
敵を迎え撃つ。
しかし、その時。彼らは未だ、零音達を嘲笑っていた。
*
白いマントが四つ、なびく。それは、風の神を冠した者達のもの。
四人は朝霧の家の前に集う。一人は赤い髪の男、一人は緑の髪の女、一人は青い髪の男、一人は桃色の髪の女。その髪の色は、彼らをより幻想的に見せた。
「…ボレアスさん。結局、……覚悟は決まったんですよね」
ノトスが、赤い髪の男に言う。その呼び名でないといけないのだろうか。…どうもボレアスとエウロスは、後の二人よりも歳をとっているようだった。
「…わからない。しかし、ここまで進んでしまった。…もう、引き返すことはできない…」
ボレアスは、顔を歪ませる。本当は、殺人は嫌なのだろう。しかし、もう彼らは、…事件を起こしてしまった。
「仕方ないわよ、ボレアスさん。一くんも、あんまり言わないの。全部終われば帰れるんだから。……あっと……ごめんなさい」
緑色の髪のゼピュロスは、ノトスのことを『いっくん』、と呼んだ。そう呼ぶからには、特別な関係があるのだろう。…彼女はボレアスと、桃色の髪のエウロスの方を向いて謝ったが、どうして謝るのだろうか。
「いいのよ。私達は初めから、ここに残るしかないんだから」
やつれた顔は、様々な苦悩と葛藤があったことを物語っている。ボレアスとエウロスは、ノトス、ゼピュロスとはどこか違っていた。
「…まぁ、今はそういうのはよしときましょうよ。もうすぐ、全て終わります。…あの子供達が簡単に殺されてくれればですけど」
ノトスは眼鏡を押し上げながら言った。そう簡単に殺される様な子供達ではない…それを分かっているようだった。
「とりあえず、駒はいる。籠城はなんとかできるだろう」
殺人者のことだろうか。また窓でも破れば、確かに籠城は陥落するが。
「さて……ここからが戦いだ。相手に銃を奪われてしまっていますしね」
ノトスは振り返り、他の三人を見る。
「あくまで全員一度に殺すというわけじゃない。逃げたりもするだろうし、少しずつ進めていきますよ」
ゼピュロスはすぐに頷き、ボレアス、エウロスは嫌々ながらも頷いた。
今は十九時四十五分。ノトスは時計を見る。…彼らは時間を決めて動いているのだろうか。そこまで周到に練られた計画なのだろうか。
「待ちましたよ、殺人者くん」
ノトスがふいに言った。外灯に照らされた殺人者がそこにはいた。
「どういうこった。このシェルターの警備員、銃を持ってないぞ」
田丸の死体を漁っていたのだろうか。手には少しばかりの血がついていた。黒ずんでいて、時間が経ったものだということが分かる。
「……? わかりませんね。まあ、たまたま携帯していなかったんじゃないですか? それより、もうすぐですから準備を」
ノトスは、作戦に支障がでるようなことではないと分かると、すぐに殺人者から顔を背けて、歩きだした。ゼピュロスも後へ続く。ボレアスとエウロスは、別の場所に向かうようで、反対の方向へ歩いて行く。
不服そうだが、文句を言える立場ではないのか、殺人者は黙って後を付いていく。
三人は、朝霧の家の裏へ回る……。
もうすぐ、二十時を迎えようとしていた。
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現在執筆中。四部編成の長編ミステリ。平和だと信じて疑わなかった村の、秘められた闇とは。
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